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儀礼

提供: 新纂浄土宗大辞典

ぎれい/儀礼

信仰対象に近づいたり、自らが宗教的境地に到達するために行う、一定の型に則った宗教行為。人と人とのコミュニケーションは、挨拶の言葉や握手、お辞儀、抱擁といった動作で媒介される。このような一定の型を伴った言葉・動作が人々の感情の維持、高揚ないし鎮静に役立つことは広く知られている。人類学者ラドクリフ・ブラウン(一八八一—一九五五)によると、宗教儀式は社会成員の心の中に一定の感情体系を保たせる手段であり、儀式がないと社会の安定につながる感情を存続させることはできず、これらの感情がないと社会組織も存在することは困難であるとして、宗教儀式の重要性を強調している。簡潔にいえば、儀礼とは聖なるものに向けられた宗教行為をいうのであって、束になった宗教行為が一定の意味をもった場合、とか法会ほうえと表現されることになる。この場合、法会は特定の経典を講説・読誦する集会をいい、仏事・法要を指す。広義にとれば、仏教が本来出家道にもとづいて上求菩提・下化衆生をめざすことから、便宜上、仏教儀礼は次の五種に分類することができる。

              ┌修道儀礼

 上求菩提─自行──対自儀礼┼報恩儀礼

              └特殊儀礼

              ┌祈願儀礼

 下化衆生─化他行─対他儀礼

              └回向儀礼 修道儀礼は自己の信仰の開発・深化を計ることをめざすもので別時念仏など、報恩儀礼仏祖宗祖・列祖・派祖の恩徳に報ずべく衷心を表顕して奉修するもので、通仏教的に修せられる灌仏会成道会涅槃会の三仏忌と、各宗派の祖師開山忌立教開宗法要など、特殊儀礼はそのいずれにも属しない遷仏式・晋山式開眼式などの中間儀礼をいう。これに対して、対他儀礼は、僧が他者、すなわち在俗者の依頼による加持祈禱などを通じて、その善根を死者に回施する儀礼で、僧は仲介者ないし仏そのものになりかわって儀礼を執行する立場をとるが、今日の寺院で執行される儀礼の大部分を占めている。祈願儀礼は仏の加護、諸天善神の加被力を受けて現当二世の利益招来のために修せられる攘災・調伏・招福儀礼回向儀礼は葬祭をはじめとする死者への追善回向儀礼である。

浄土宗儀礼構造]

現行浄土宗法式の基盤は慶長一九年(一六一四)徳川家康の母・伝通院殿の一三回忌にあたり、増上寺三世廓山、一四世了的が南都に遊学して各宗の法式を研究し、あわせて法服被着法をも制定したことで形成されたとされている。増上寺では徳川家の法要にはとくに叡山大原声明師を迎えて厳修したといわれるが、二三世貴屋の明暦二年(一六五六)に叡山向之坊恵隆を請して天台魚山ぎょざん流の声明を伝承している。天保年中(一八三〇—一八四四)、尊超法親王叡山古来の声明縁山流の声明とを比較して声明の扱い方、節奏などに多大な相違のあることを述べているように、この頃には独自の縁山声明が確立したとみてよいだろう。元和法度は一三条において流儀の血脈相伝の上住持たるベき資格を謳っているように、本山古刹相伝の流派を尊重したことから、それぞれが本末関係によって結ばれている諸寺院間には流派の相伝による諸流間の法式上のずれがあり、また相伝法式も地域的習俗慣行の上からも変容せしめられて、その結果さまざまな地域差を生じ、法式次第に多様化されていったとみられる。浄土宗儀礼を代表する日常勤行式は、序分正宗分流通分の三段に分けることができる。すなわち念仏正定業とし、五種正行読誦観察礼拝称名讃歎供養)を配列した差定が構成されている。日常勤行では、仏前で香を焚き十方三世の仏に供養を行い(香偈)、仏・法・僧の三宝五体投地接足作礼敬礼三宝礼)する。そして、道場に仏・菩薩の来臨を乞うとともに華を散らして仏を供養三奉請ないし四奉請)、讃歎し(歎仏偈)、次いで仏の前で一切の罪障を懺悔懺悔偈)、十念する(序分)。特別な法要の場合は、その趣旨を表白し、次いで導師は仏の座を表象する高座に登り開経偈を唱え、誦経念仏する。そしてその功徳有縁無縁の先亡諸霊に回向し、往生極楽を願い(総回向偈)、下高座する(正宗分)。法要を終えるにあたって、四弘誓願大乗仏教徒としての誓願を述べ(総願偈)、仏の護念加被によって法要を厳修しえたことに対して報恩の心で仏を礼し(三唱礼三身礼三帰礼)、仏を奉送する(送仏偈)のである(流通分)。すべての法要は音声、威儀犍稚かんち法式差定の四法式によって組織されていることはいうまでもない。威儀法からいっても、序分流通分とは仏を供養し、その加護を願い、また法要を厳修しえたことに対する報恩の意をもって仏を恭敬礼拝するという威儀長跪合掌ないし礼拝する。正宗分凡夫の立場を離れて仏の代読の立場となるので、釈尊金剛宝座をかたどった高座に座し、誦経称名功徳回向する動作がとられ、極楽浄土における仏説法の場の現出をシンボライズする。


【参考】竹中信常『宗教儀礼の研究』(青山書院、一九六〇)、A. R. Radcliffe Brown:The Andaman Islanders, Free Press, 1964. フィリップ・アリエス著/伊藤晃ほか訳『死と歴史』(みすず書房、一九八三)、藤井正雄『祖先祭祀の儀礼構造と民俗』(弘文堂、一九九三)


【参照項目】➡通過儀礼


【執筆者:藤井正雄】