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一期物語

提供: 新纂浄土宗大辞典

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いちごものがたり/一期物語

醍醐寺所蔵『法然上人伝記 一期物語つけたりいちごものがたり』(醍醐本だいごぼん)の冒頭部分。醍醐本は表題からは『法然上人伝記』と『一期物語』に分かれることになるが、望月信亨が『法然上人伝記』冒頭の「或時物語云」の「物語」文言からこの部分を『一期物語』として以来、『一期物語』といえば、醍醐本冒頭部分を指すようになった。このいわゆる『一期物語』部分は、法然語録ともいうべき内容で、「或時云」「或時問云」という出だしで始まる二〇話が収められている。第一話はそのうちの多くを占めている。そこでは法然自身が自らの半生を振り返り、幼少での比叡山登山、一八歳からの遁世源信の『往生要集』、善導の『観経疏』から回心したことなどを吐露している。ちなみに遁世以来四十余年間天台宗の勉学を継続していたことも記されており興味深い。以下大原問答のこと(第二話)、肥後阿闍梨のこと(第三話)、瘧病おこりやまいのこと(第五話)、遠流のこと(第六話)、三井寺僧正公胤のこと(第一七話)などが収められている。特に第一話は法然伝研究のうえでも伝記の原態としての価値は大きい。


【所収】昭法全


【参考】望月信亨「醍醐本法然上人伝記に就て」(『浄土教之研究』増補再版、金尾文淵堂、一九二二)


【参照項目】➡法然上人伝記附一期物語


【執筆者:伊藤真昭】


醍醐寺所蔵『法然上人伝記 附一期物語』(醍醐本だいごぼん)の付けたり部分。「附」とは附録を意味するため、醍醐本に附されている表題に基づき、『一期物語』とは①「法然上人伝記 附一期物語」、②「別伝記」、末尾の③『御臨終日記』を指す。「一期」には「臨終」、「物語」には「特定の事柄について、その一部始終を話すこと、またその話」という意味がある。『御臨終日記』の内容は、法然の臨終についての、まさに「一部始終」の「話」であるので、意味からしても『御臨終日記』を『一期物語』とするのが妥当であるとする見解がある。この見解では『一期物語』部分の内容は、大きく『御臨終日記』部分と『三昧発得記さんまいほっとくき』部分の二つに分かれる。これらはそれぞれ『西方指南抄』中の『法然上人臨終行儀』『建久九年記』、大徳寺本『拾遺漢語灯録』中の『臨終記』『三昧発得記』に該当する。正徳版『拾遺漢語灯録』では『浄土随聞記』という。『三昧発得記』は、法然三昧発得した建久九年(一一九八)は、臨終する建暦二年(一二一二)の一四年前にあたるので、『御臨終日記』に「この十余年、極楽荘厳化仏菩薩を拝し奉ること、これ常なり」(昭法全八六八)とある状態がいつからなのかの説明としてここに掲載されたと考えられている。


【参考】曽田俊弘「『拾遺漢語灯録』と醍醐本『法然上人伝記』の関連性—大徳寺本『拾遺漢語灯録』の研究—」(『仏教文化研究』四五、二〇〇一)、伊藤真昭「醍醐本『法然上人伝記』の成立と伝来について—なぜ醍醐寺に伝わったのか—」(『仏教文化研究』五三、二〇〇九)


【参照項目】➡法然上人伝記附一期物語御臨終日記三昧発得記


【執筆者:伊藤真昭】