五劫思惟
提供: 新纂浄土宗大辞典
ごこうしゆい/五劫思惟
阿弥陀仏が法蔵菩薩であったとき、五劫という長久の時間、思惟して、建立する浄土やその浄土を荘厳する清浄な行を選取したことをいう。『無量寿経』上には、「時にかの比丘(法蔵)、仏の所説の厳浄の国土を聞き、みなことごとく覩見して無上殊勝の願を超発す。その心寂静にして、志所著なく一切世間、よく及ぶものなし。五劫を具足して荘厳仏国清浄の行を思惟し摂取す」(聖典一・二二四/浄全一・六)とあり、この五劫思惟において、自らが仏となった際に構える浄土と、浄土を建立するための清浄の行を選び取っている。またあらゆる浄土の中より諸々の粗悪を捨て善妙を選び取り、往生行としては諸行を選捨して念仏一行を選取している。これは偏に衆生救済のためである。法然はこれに仏による選択の意義を見出し、超世の大願である四十八願を選択し発願した時期とする。法蔵菩薩はこの五劫思惟の後に、世自在王如来の前で四十八願を起こし、それを成就して阿弥陀仏となった。奈良の東大寺には善導作と伝える五劫思惟の阿弥陀仏像がある。元来、五劫思惟は法蔵菩薩の思惟であるが、この像は、阿弥陀仏の思惟とし、等身坐像で蓮華台座に坐し、両手合掌して胸にあて目は半開きにして沈思の姿を示している。また京都地蔵院(北区大将軍川端町、通称椿寺)の本尊も五劫思惟の阿弥陀仏である。
【資料】『選択集』三、『無量寿経鈔』
【執筆者:宮田恒順】