「三聚浄戒」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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さんじゅじょうかい/三聚浄戒
菩薩が受持しなければならない三種類の浄らかな戒のことで、摂律儀戒、摂善法戒、摂衆生戒(饒益有情戒ともいう)をいう。摂律儀戒は不殺生などの戒法を守ること、摂善法戒は悟りへむけて六波羅蜜などの善法を実践すること、摂衆生戒は利他行を実践することである。
その先駆は『十地経』が説く第二の離垢地に求められる。そこでは戒波羅蜜を重んじて実践することを説き、具体的な内容は十善業道である。これは華厳系の経典に広説されるが、これをふまえて世親の『十地経論』四では、十善業道を基軸にした離戒浄・摂善法戒浄・利益衆生戒浄の三種戒を説く(正蔵二六・一四五下)。三聚浄戒は本来、菩薩の実践徳目である六波羅蜜の中の戒波羅蜜の内容を三種に分類したものである。六波羅蜜のそれぞれを三分して説くのは『解深密経』四「地波羅蜜多品」(正蔵一六・七〇五下)に見られ、戒波羅蜜は転捨不善戒・転生善戒・転生饒益有情戒の三種として説かれ、三聚浄戒の基本になる。これは『菩薩地持経』四「戒品」(正蔵三〇・九一〇下)、『瑜伽論』四〇「菩薩地戒品」(正蔵三〇・五一一上~下)、『摂大乗論』下「増上戒分」(正蔵三一・一四六中)、『大乗荘厳経論』七「度摂品」(正蔵三一・六三〇下)等に説かれるが、三聚の内容を詳説するのは『瑜伽論』であり、これによると以下のように三聚についてまとめられる。
①律儀戒(Ⓢsaṃvaraśīlaṃ)は七衆(比丘、比丘尼、沙弥、沙弥尼、式叉摩那、優婆塞、優婆夷)の別解脱律儀(Ⓢprātimokṣasaṃvara)とされ、出家の菩薩にとっては具足戒であり、在家の菩薩にとっては五戒である。②摂善法戒(Ⓢkuśla-dharma-saṃgrāhakaṃ śīlaṃ)は、無上正等菩提を証するために身口意の三業によって六波羅蜜等のあらゆる善法を積集すること。③饒益有情戒(Ⓢsattvārtha-kriyā-śīlaṃⓈsattvānugrāhakaṃśīlaṃ)は、衆生を利益するすべての行為であり、病気、水難、火難等の苦や生活苦の救済、ないしは仏教の教化活動等で、一一種が説かれる。この三聚浄戒の特色は、律儀戒のみが菩薩戒なのではなく、すべての仏道(善法)の実践と利他行のすべてを菩薩の戒波羅蜜の内容としてとらえることである。また同時に出家と在家の両方の菩薩に適用される戒である。ただし『瑜伽論』には種姓(Ⓢgotra)論が根底にあり、三聚浄戒の受持も菩薩としての種姓を有するものに限られる。
次に中国、日本の仏教に大きな影響を与えたのは『菩薩瓔珞経』の三聚浄戒である。本経の「大衆受学品」(正蔵二四・一〇二〇下)に摂律儀戒は十波羅夷、摂善法戒は八万四千の法門、摂衆生戒は慈・悲・喜・捨によって一切衆生を安楽にすることと説かれる。この中、摂律儀戒の十波羅夷とは十無尽戒ともいい、その内容は『梵網経』が説く在家出家に共通する菩薩の十重戒と同じである。文献学上は『菩薩瓔珞経』と『梵網経』は中国撰述の経典であるが、インドの『瑜伽論』の三聚浄戒との大きな相違は摂律儀戒の内容である。『瑜伽論』では出家と在家を区別して、出家の菩薩が受ける摂律儀戒は初期仏教以来の具足戒であるが、『菩薩瓔珞経』ではこれを排して在家出家に共通する菩薩戒とする。なお摂衆生戒を饒益有情戒とも称すのは玄奘訳の『瑜伽論』の影響である。中国天台では、『法華経』を大乗仏教の最高の教え(円教)と位置づけ、その教えを円満に頓足に悟る菩薩戒が『梵網経』所説の円頓戒であって、その円頓戒は『菩薩瓔珞経』の三聚浄戒に組みこんで授戒する。最澄はこれを日本の比叡山に伝え、法然も相伝している。
【参考】平川彰『浄土思想と大乗戒』(『平川彰著作集』七、春秋社、一九九〇)、恵谷隆戒『円頓戒概説』(浄土宗、一九六五)
【執筆者:小澤憲珠】