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世親

提供: 新纂浄土宗大辞典

せしん/世親

四〇〇—四八〇年頃の人。『俱舎論』や『唯識三十頌』などを著した仏教者。インド浄土教祖師の一人で、『往生論』の著者でもある。ⓈVasubandhu。天親てんじんともいわれ、また婆藪槃豆ばすばんずと音写される。天親の呼称は、浄土教で伝統的に用いられる。北インドのガンダーラ地方にあるプルシャプラ(現・パキスタンのペシャワール)に、三人兄弟の第二子として生まれた。兄は後に瑜伽ゆが行派の学匠となる無著むじゃくと伝えられる。説一切有部で出家し『大毘婆沙論』を学び、『俱舎論』を著した。その後、兄無著の誘いによって大乗を信奉するようになり、唯識思想の書物を数多く著し、八〇歳で亡くなったとされる。世親の思想は非常に広範で、部派仏教から大乗仏教にまで及んでいる。例えば『俱舎論』は部派仏教の一派である説一切有部の思想を、世親特有の批判精神により、理路整然と体系化したもの。また世親大乗仏教に与えた影響を考えるには、唯識思想が重要である。世親は「識の転変」という経量部的な思想を土台として、一つの心が時々刻々と様々な形態に変化し、そのような心の変化が、現象を成立させていると考えた。この考えを体系化したのが『唯識三十頌』であり、これによって世親唯識思想を大成したといえよう。世親の伝記は、真諦『婆藪槃豆法師伝』をはじめ数多く伝えられているが、これらの伝記の批判的研究を通して、世親の存在には様々な議論が生じている。例えば生存年代については、四〇〇—四八〇年とする説が有力となっているが、『俱舎論』や経量部の研究から、誕生年を三二〇年頃まで引き上げることができると考えられている。またドイツの学者フラウヴァルナーが提起した古世親と新世親の二人の世親を考える世親二人説も注目に値する。古世親は三二〇—三八〇年頃の人で無著の弟であり、『摂大乗論釈』や『十地経論』などの大乗仏教の経論に対する諸注釈を著した人物である。新世親は四〇〇—四八〇年頃の人で、経量部の教義を学び『俱舎論』を著した人物である。このフラウヴァルナーの説を受けたドイツの学者シュミットハウゼンは、『唯識二十論』と『唯識三十頌』に経量部的思想が認められることから、この二書が新世親の著作であると主張した。このような世親二人説には批判もあるが、シュミットハウゼンが指摘するように、世親の名に帰される著作に異なる二つの思想が混在している点は確かであり、今後、研究の進展が待たれる。


【資料】『婆藪槃豆法師伝』(正蔵五〇)


【参考】三枝充悳『世親』(講談社学術文庫、二〇〇四)


【参照項目】➡往生論俱舎論


【執筆者:石田一裕】