「焼身往生」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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2018年3月30日 (金) 06:25時点における最新版
しょうしんおうじょう/焼身往生
現世を厭い、直ちに浄土に往生したい気持ちの高まりから、自分の身体を焼き、往生を遂げること。仏教では主に僧侶が求法または衆生救済のために火中に身を投ずる焼身供養があるが、それとは目的が異なる。奈良時代の「僧尼令」第二七条に、焚身・捨身を禁止する条文があるが、行基や空也などは、身体の一部を焼き、身体の皮に書写をするなどしていた。これらは自他の滅罪を意識したものであったが、次第に焼身という極致に達し、浄土往生の行儀として実践されるようになった。日本における焼身は『法華経』薬王菩薩本事品の信仰から始まり、その実践行としての性格が強かった。平安時代になると法華信仰と浄土信仰が融合し、焼身する日にちは阿弥陀仏の縁日にあたる一五日、その場所には、京都の鳥部野・船岡・阿弥陀峯などが選ばれ、多くの結縁者を募って浄土往生の行儀として実践されるようになった。『四十八巻伝』二八では、聖光も「自害往生・焼身往生・入水往生・断食往生等の事、末代には斟酌すべし」(聖典六・四五一/法伝全一八七)と戒めたとし、臨終を迎えるまで念仏に励むように述べている。
【参考】堀一郎『我が国民間信仰史の研究』二・宗教編(創元社、一九五三)、石田瑞麿『往生の思想』(『サーラ叢書』一六、平楽寺書店、一九六八)、根井浄「平安時代の焼身往生について」(印仏研究二七—二、一九七九)
【執筆者:平間理俊】