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「慧遠流」の版間の差分

提供: 新纂浄土宗大辞典

 
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2018年3月30日 (金) 06:20時点における最新版

えおんりゅう/慧遠流

廬山慧遠の流れをくむ念仏。『選択集』一には「浄土宗にもまた血脈有り。ただし浄土一宗において、諸家しょけまた同じからず。いわゆる廬山慧遠法師慈愍じみん三蔵と、道綽善導等とこれなり」(聖典三・一〇三/昭法全三一三)とあり、浄土念仏の流れにおいて、慧遠流慈愍流善導流の三つの系譜があると述べられている。慧遠雁門楼煩(山西省)の人で、若くして書を好み、広く儒教の六経をおさめ、また老子・荘子を学んだ。しかし後に道安に会うとたちまち敬意をいだき、その『般若経』の講説を聞くと「儒道九流はみな糠粃こうひなるのみ」(『高僧伝正蔵五〇・三五八上)と歎息して、弟慧持えじとともに、ただちに剃髪してその門下に入り、教えを受けた。道安と別れ、戦乱をさけて南下する途中、廬山の秀峰に接すると、慧遠東林寺に住し、以後三十余年の間、廬山を出ることはなかったという。廬山において慧遠は多くの弟子を育て、また僧伽提婆そうぎゃだいば仏駄跋陀羅ぶっだばっだら訳経を請うて経典の充実に努めた。また長安鳩摩羅什くまらじゅうが来ると、書を贈ってよしみを通じ、法性の問題、また念仏三昧の問題などを明らかにしようとした。さらに廬山般若台阿弥陀像前において、一二三人の同志とともに『般舟三昧経はんじゅざんまいきょう』に基づく念仏実践の誓約を行い、後世いわゆる白蓮社びゃくれんじゃの祖として称えられることになる。

慧遠が重視した『般舟三昧経』に基づく念仏は、後世道綽善導口称念仏とは異なる。般舟三昧とは、現在げんざいしょ仏悉在前立三昧ぶつしつざいぜんりゅうざんまいのことであり、現在の諸仏がことごとく行者の前に立つ三昧の意である。この三昧は、戒を完全に保ち、一人で閑静なところにとどまり、千億万の仏土を経たところにある須摩提しゅまだい極楽)で多くの菩薩たちにかこまれて経を説いている阿弥陀仏に心を集中することである。そして一心に念ずること一日一夜から、二日、三日、四日、五日、六日、もしくは七日七夜を経たのち、阿弥陀仏を見ることによって成就されるという。それは天眼てんげん(超人的な視力)によって見るのでもなければ、天耳てんに(超人的な聴力)によって法を聴くのでもなく、また神足じんそく(思いどおりにどこにでも行く力)によって仏の国に行くのでもなく、この世界にいながら、阿弥陀仏さらには十方の諸仏を見ることをいう。さらに経には「この菩薩、この念仏を用うるが故に、まさ阿弥陀仏の国に生ずるを得べし」(正蔵一三・九〇五中)とあって、阿弥陀仏に心を専念する念仏三昧の完成は、来生の往生に連なるもののように述べられている。しかしながら、三昧見仏往生との関係については、経中にはかならずしもはっきりと言及されているわけではなく、また臨終の見仏来迎についてもふれられていない。むしろ経典は「仏を見んと欲せば、すなわち仏を念ぜよ。当に(仏は)なり、また無なりと念ずるべからず。我が所立、空をおもうがごとくせよ」(正蔵一三・九〇五中)と述べるように、仏を実体的固定的に見るのではなく、また虚無とするのではなく、有と無、すなわち存在と非存在の二辺の対立を超えて、一切を空と見る立場によって、仏を見ることをすすめている。それはこの経典が『般若経』の空の思想と密接な関係があることを示している。

慧遠もこのような「空」を重視する観点に立って、三昧の定中での見仏を実践したものと考えられる。廬山阿弥陀仏像前における念仏実践の立誓文を書いたことで知られる劉遺民にあてた手紙のなかで、六斎日には「宜しく常務つねのしごと簡絶たちて、心を空門くうもんに専らにすべし」(正蔵五二・三〇四中)と慧遠が述べているのも、やはり空を重視する立場を明らかにしたものといえよう。慧遠は『念仏三昧詩集の序』のなかで「一体、三昧というのは何かというと、(それは)思いを専一にし、想をしずめることをいうのである。思いが専一であると、志は一つに集中して分散せず、想がしずかであると、気は虚となり、精神は澄みわたってくる。気が虚となれば、智はそのはたらきを安静にし、精神が澄みわたれば、如何なる幽微な道理にも透徹する」と述べ、さらに「一たび(仏を)覿て得た感悟は、久しく習慣づけられて来た煩悩おおいひらき、無智な凡俗の深い迷いをたちきる」(『慧遠研究 遺文篇』三四七〜八)と述べて、定中の見仏によりもろもろの執著煩悩が断ち切られるとして、すぐれた功徳をもち、実行しやすいこの念仏三昧の行法による修行を強くすすめている。廬山において一二三人の同志とともに念仏実践を誓った慧遠結社念仏は、この後、中国浄土教発展の源流となり、曇鸞道綽念仏の流れとは直接つながらないものの、唐代・宋代には慧遠を敬慕する念仏結社が多数作られるにいたる。また日本においても浄土宗僧侶白蓮社にちなんだ蓮社号がつけられるなど、中国・日本を通じて、慧遠念仏に対する思慕は深いものがある。


【参考】木村英一編『慧遠研究 遺文篇』『同 研究篇』(創文社、一九八一再版)、櫻部建「慧遠—念仏門の鼻祖—」(『浄土仏教の思想』三、講談社、一九九三)、柴田泰「中国浄土教の系譜」(『印度哲学仏教学』一、一九八六)、香川孝雄「般舟三昧経における浄土教思想」(佛大紀要三五、一九五八)、梶山雄一「般舟三昧経—阿弥陀仏信仰と空の思想」(『浄土仏教の思想』二、講談社、一九九二)


【参照項目】➡慧遠般舟三昧


【執筆者:鵜飼光昌】