吉水良祐
提供: 新纂浄土宗大辞典
よしみずりょうゆう/吉水良祐
文政八年(一八二五)一二月八日—明治二七年(一八九四)五月二〇日。一説に文政六年生。仁蓮社民誉定阿、字は自在。清浄華院六六世。布教家として著名。肥後国天草郡一町田(熊本県天草市)の田代秀輔の長男として生まれる。同村の崇円寺で得度し、増上寺に掛錫して法誉大雲に師事。章誉智典より伝法を受け、嘉永四年(一八五一)帰郷し同郡久玉村無量寺に住し、安政六年(一八五九)師籍の崇円寺に転住した。明治六年(一八七三)大講義を拝命、翌七年長崎大音寺に住し、同二一年鎌倉光明寺九九世、同二三年小石川伝通院六七世を経て、同二五年一〇月に清浄華院に晋董。さきに焼失した大書院、小書院を再建し、御影堂再建の半ばで入寂。世寿七〇歳。著書に『説教訓導道志留倍』がある。
【資料】『清浄華院誌要』、「故吉水良祐上人略歴」(『浄土教報』一八三、一八九四)
【執筆者:石川達也】