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十善

提供: 新纂浄土宗大辞典

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じゅうぜん/十善

一〇種類の善のこと。身口意の三業による一〇種類の善業で十悪に対する。十善業道、十善道ともいい、また戒とみなして十善戒ともいう。その内容は、不殺ふせつ不盗ふとう不邪婬ふじゃいん不妄語ふもうご不両舌ふりょうぜつ悪口ふあっく不綺語ふきご貪欲ふとんよく瞋恚ふしんに不邪見ふじゃけんからなる。『雑阿含経』三七に「殺生乃至邪見、十不善業の因縁具足するが故に…身、壊して、命終して地獄中に生ず。…殺生を離れ乃至正見、十善業跡因縁の故に、身、壊して、命終して天上に生ずることを得」(正蔵二・二七二下~三上)というように、十悪悪趣に堕する因となるのに対し、十善は善趣に至る因であるとされる。道綽安楽集』上に「縦い人天果報有れども、皆五戒十善って能く此の報を招く」(浄全一・六九三上)というのはこれと同じ見解である。大乗経典では菩薩の実践として重視される例が多く見られ、また『大智度論』四六では戒波羅蜜の解説の中に「十善総相戒となし、別相無量戒有り」(正蔵二五・三九五中)と位置づける。浄土経典では、『大阿弥陀経』と『平等覚経』では、阿弥陀仏国に往生しようとするなら、大いに精進禅定し経戒を持つことができなくても、作善すべきであるとし、一〇項目の善を列挙する。ただし、その内容は十善と類似するものの、不飲酒ふおんじゅを含み、その分、意に関する三種の内容が嫉妬と貪瞋痴を得ないように、とまとめられている。また『観経』では修十善業が三福の世福として孝養父母、奉事師長、慈心不殺と並べてあげられており、戒福には含まれない。


【参照項目】➡十戒十悪


【執筆者:齊藤舜健】