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観無量寿経義疏

提供: 新纂浄土宗大辞典

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かんむりょうじゅきょうぎしょ/観無量寿経義疏

観経』に対する注釈書の総称。代表的な注釈書としては浄影『観経義疏』、智顗観経疏』、吉蔵観経義疏』、善導観経疏』がある。また完本が存在せず引用から原文を確認できるものや、書名のみ伝わるものには、道誾どうぎん観経疏』や法常観経疏』などがある。浄土宗においては、とくに善導観経疏』のことを指す。


【参考】柴田泰山『善導教学の研究』(山喜房仏書林、二〇〇六)


【参照項目】➡観無量寿経疏観無量寿経義疏観無量寿仏経疏観無量寿仏経義疏


【執筆者:石田一裕】


二巻。浄影寺慧遠じょうようじえおん撰。『東域伝灯目録』には「義記」「玄義」との名称、あるいは一巻本の情報も伝えられる。成立年次不詳。慧遠の生存期から六世紀後半の成立か。『観経』のもっとも古い注釈書であり、当時の通釈として定評があった。『観経』については、頓教菩薩蔵であり、かつ観仏三昧を中心とするとの立場から、「三福散善思惟」「十六観定善・正受」と理解し、九品における上品上生者を四地以上の菩薩と規定し、さらに韋提希を高位の大菩薩とするなど、本書にみられる思想から慧遠は『観経』を凡夫のためではなく、聖人菩薩)のための禅観実践を説く経典とみていたとされる。弥陀身土については、『観音授記経』にみられる阿弥陀仏入滅するという説を根拠として、阿弥陀仏寿命が有限で、姿形をもって来迎する応身仏と理解し、西方浄土も応土(事浄土)という低級な浄土とした。また、往生のための実践行として、念仏以外の複数の菩薩行を挙げ、その因業に応じて往く先の浄土の高下優劣が決まるとした。ここに本願が関与する教義がみられないため、凡夫は低位の応土にしか往生できない道理となる。これらの学説は、道綽迦才らの批判対象となり、また善導が「古今楷定」と称する「古」の代表的学説として大いに議論の的となった。


【所収】浄全五、正蔵三七


【参考】望月信亨『中国浄土教理史』(法蔵館、一九六四)、深貝慈孝『中国浄土教と浄土宗学の研究』(思文閣出版、二〇〇二)


【参照項目】➡慧遠古今楷定


【執筆者:工藤量導】


一巻。吉蔵撰。成立年次不詳。吉蔵の生存期から、六世紀終わりごろから七世紀ごろの成立と考えられるが、別時意説に触れていないことから比較的、初期の著作とみられる。『観経』の注釈書であり、冒頭から第一序・第二簡名・第三弁宗体・第四論因果・第五明浄土・第六論縁起によって本経の意義を明かし、その後に随文解釈を述べる。吉蔵による注釈は、弥陀身土応身応土(凡聖同居土ぼんしょうどうごど)とし、九品を高位の菩薩とし、十六観定善とし、あるいは本願力を軽視するなど、時代的にやや先行する浄影『観経義疏』に準ずる学説も少なくない。その一方で吉蔵の思想信条である三論教学の「無得正観」(三論や般若経典を根拠とし、一切の所得すべきものを見ないで、偏執すべき対象は存在しないとする思想)を踏まえた独自の浄土教思想が随処に説かれている。すなわち、吉蔵弥陀身土について本迹二門の立場から、「本門=応土・分段生死三界摂・有量寿」「迹門しゃくもん報土変易生死へんにゃくしょうじ三界不摂・無量寿」という一見すると矛盾する両説を立て、いずれにも偏執しない本迹二門による無所得の立場から、本門を真意とするのではなく、迹門の価値も同時に認めてゆくという独自の解釈を示している。また、『維摩経』や『摂大乗論』などを踏まえた仏土に関する諸議論は、迦才浄土論』へ思想的な影響を与えたとみられる。


【所収】浄全五、正蔵三七


【参考】伊東昌彦『吉蔵の浄土教思想の研究—無得正観と浄土教—』(春秋社、二〇一一)


【参照項目】➡吉蔵


【執筆者:工藤量導】