薬師如来
提供: 新纂浄土宗大辞典
やくしにょらい/薬師如来
東方浄瑠璃世界の教主であり、衆生の病苦を取り除く仏として知られる。大乗仏教の主要仏。ⓈBhaiṣajya-guru-vaiḍūrya-prabhaの訳語「薬師瑠璃光」の略形。薬師瑠璃光如来、大医王仏、薬王、薬師などとも呼ばれる。薬師如来について説く主要経典には梵本、蔵訳、漢訳五本が知られる。ギルギット写本が発見される以前は、梵本は大乗論書からの一部引用が知られるのみであった。これら諸経は一仏薬師を説くものと七仏薬師を説くものの二種類に分類される。その中で漢語仏教圏において広く伝播したものは玄奘訳『薬師瑠璃光如来本願功徳経』であり、チベットでは義浄訳『薬師瑠璃光七仏本願功徳経』に相当するものが流行った。薬師如来およびその信仰の成立時期は四世紀末から五世紀初頭と考えられている。薬師如来は浄土経典の主要仏である阿弥陀仏や阿閦仏に遅れ、大乗経典が密教化し始めた時期の出現と考えられる。経典内に密教化の兆しが見られるが、信仰自体はそれとは独立した形で治病・延命・産育など現世利益的な面が強調される。経典の所説が要約される、薬師十二大願は以下の通りである。①相好具足②光明照被③所求満足④安立大乗⑤持戒清浄⑥諸根完具⑦除病安楽⑧転女成男⑨去邪趣正⑩息災離苦⑪飢渇飽満⑫荘具豊満である。七仏薬師系では七仏の国土・名前・誓願が個々に説かれる。その場合、誓願の総数は四四になる。薬師如来は阿弥陀仏や阿閦仏と異なり、大日経系・金剛頂経系の五仏に含まれないが、大日如来・阿閦仏と同視されたり、各種陀羅尼や祈願文が伝えられることから密教仏としても有名。日本においては国家的修会がその信仰の根底にあった。病気平癒祈願、息災招福祈願(薬師法)、懺悔修会(薬師悔過)などが行われ、南都北嶺のみならず各地に薬師堂が建立され、その信仰は広まることになる。阿弥陀仏と対に説かれることもあってか、薬師如来を祀る浄土宗寺院も存在する。形像として左手に薬壺を持ち、右手に施無畏印を結ぶものがよく知られている。脇侍に日光菩薩と月光菩薩をもち、眷属としては十二神将が一般的である。
【参考】五来重編『薬師信仰』(『民衆宗教史叢書』一二、雄山閣、一九八六)、高橋尚夫「薬師如来の大願と真言について」(『大正大学研究論叢』一二、二〇〇五)、藤仲孝司「カルマ・チャクメーの阿弥陀仏信仰と選択—『山法・独居修行の教誡』より第四二章〈国土の選択・財宝を受けとる船主〉試訳」(『佛教大学総合研究所紀要別冊 浄土教典籍の研究』、二〇〇六)
【執筆者:中御門敬教】