本山伝・末山伝
提供: 新纂浄土宗大辞典
2018年3月30日 (金) 06:33時点における192.168.11.48 (トーク)による版
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ほんざんでん・まっさんでん/本山伝・末山伝
鎌倉光明寺所伝の伝法のこと。本山伝の嚆矢である定慧は浄土宗四祖の良暁のもとで出家師事した。元応二年(一三二〇)良暁より宗戒両脈および璽書を相伝され、良暁示寂後は師籍の鎌倉蓮華寺(後の光明寺)および箕田勝願寺に住した。のちに小田原の桑原に隠栖するに際して、弟子良順に付法したが、この法脈は定慧の居所で、のちの関東総本山鎌倉光明寺所伝の伝法であるため本山伝と称し、また同じ良暁門下でも蓮勝によって常陸国瓜連常福寺系に伝えられた伝法は末山伝と称される。また両伝とも内容のうちで相違はなく、ただ相伝する所の異なりで区別されたといわれる。本山伝は定慧・良順・了専、末山伝は蓮勝・了実・聖冏と次第されていく。しかし聖冏が蓮勝の指示で定慧に嗣法したことにより、それ以後、両法は統合されたとされる。教相に関する口伝をまとめた聖冏の『教相十八通』各切紙の末には本山伝の良順と末山伝の了実の署名が認められるが、これは両伝の統合を裏づけしたものと考えられる。
【参考】大島泰信『浄土宗史』(浄全二〇)、恵谷隆戒『概説浄土宗史』(隆文館、一九七八)
【執筆者:宇高良哲】