如来蔵
提供: 新纂浄土宗大辞典
にょらいぞう/如来蔵
Ⓢtathāgata-garbhaの訳。煩悩に覆われながらもそれには染まらない本来自性清浄の如来となる本性を蔵していることをいう。中観思想や唯識思想とともに大乗仏教の重要思想の一つ。garbhaには胎の義があり、胎児や子宮の意味をもつ。初期大乗経典とされる『如来蔵経』に説かれ、『不増不減経』『勝鬘経』『涅槃経』などの中期大乗経典によって理論づけがなされた。世親の『仏性論』には、如来蔵に①一切衆生は如来の内に摂せられているという所摂の義②如来の法身は変わらないが衆生においては煩悩によって覆われ隠されているという隠覆の義③如来の功徳は悉く衆生の内に摂めているという能摂の義があると説く。これは『涅槃経』の「一切衆生悉有仏性」の説にもとづき、衆生は仏性を有するので衆生そのものを如来蔵とよび仏性論としても展開する。『仏性論』には、①一切は如来の自性そのものという自性の義(如来蔵)②聖人の修行の対境となる因の義(正法蔵)③信によって如来の功徳を得るという至徳の義(法身蔵)④世間の虚偽を超えているという真実の義(出世蔵)⑤順ずれば清浄になるという秘密の義(自性清浄蔵)の五義があるので五種蔵ともいう。また二種蔵や三種蔵等があるが、『釈摩訶衍論』には、大総持如来蔵、遠転遠縛如来蔵、与行与相如来蔵、真如真如如来蔵、生滅真如如来蔵、空如来蔵、不空如来蔵、能摂如来蔵、所摂如来蔵、隠覆如来蔵の十如来蔵をあげている。如来蔵思想は染浄のすべてが如来蔵から起こったものと説く如来蔵縁起説の出現にも連なるが、真妄和合識の阿頼耶識、真識の阿摩羅識と同一視され、如来蔵思想と別系統の唯識系の学派で説かれるようになる。法然の法語には如来蔵の語を見出せず、如来蔵思想についての積極的な見解を知ることはできない。ただし、道光、聖冏、聖聡、良栄理本など如来蔵思想に触れる学僧もある。
【参考】高崎直道『如来蔵思想の形成』(春秋社、一九七四)
【執筆者:福𠩤隆善】