祖霊
提供: 新纂浄土宗大辞典
それい/祖霊
祖霊とは死後一定の年月を経て、死者としての個性を完全に失った先祖の霊魂を意味する。日本の祖先信仰では、死者の霊魂は子孫たちによって繰り返し供養を受けることで、ホトケなどと称される死霊から徐々に没個性化した神的存在に昇華してゆくという思想が存在した。日本のこのような祖先信仰は、一般に民間習俗としての先祖観と仏教思想との融合によって形成されたといわれる。死霊がいつの段階で祖霊となるかについては、各地域でさまざまな慣習が見られ必ずしも一定しない。しかし概ね、三三回忌や五〇回忌などに行われるトムライアゲ(弔い上げ)などと称する儀礼が契機となる例が多い。たとえば奄美の沖永良部島の先祖祭りは、旧暦一月一六日の墓正月と、本土の盆にあたる旧暦七月一三日から一五日のシューロ祭りの二度である。死者が出てはじめての墓正月とシューロ祭りには、家族や一門の者がそろって墓地へ行き、墓の前で盛大な酒宴を開く。その後年忌供養は一年、三年、七年、一三年、二五年、三三年と続けられ、これで死者に対する一切の供養は終了する。死後三三年目に行われる三三年忌祭は、特に「祭り止め」あるいは「祭り上げ」ともいわれ、死者に対する最後の祭祀であるとされている。この時は最後の祭祀にふさわしく少女たちの舞踏やミンブチ(念仏)と称される歌曲が奏でられ、きわめて盛大な儀礼が営まれる。死者はこれをもって天に昇り、一般の神々の仲間入りをするといわれている。このように、沖永良部島では三三年忌祭をもって死霊は祖霊となり、神的存在に昇華してゆくという信仰があったことがわかる。このような生前の個性を失い漠然とした先祖群の中に融合した祖霊は、普段はどこか近くから子孫たちの暮らしを見守りながら、盆や彼岸などの年に一度か二度、この世に立ち戻って祀られる対象となる。
【参考】柳田国男「先祖の話」(『定本柳田国男全集』一三、筑摩書房、一九九〇)、藤井正雄『祖先祭祀の儀礼構造と民俗』(弘文堂、一九九三)
【執筆者:八木透】