祖先崇拝
提供: 新纂浄土宗大辞典
そせんすうはい/祖先崇拝
祖先・先祖を崇拝すること。「祖」を先祖の意味、「先」を先亡の意味にとれば、祖先崇拝とは死者を先亡から先祖まで一貫して祀る崇拝形態と定義づけることが可能である。祖先と先祖は中国の文献ではほとんど同義に用いられている。祖先や先祖とよく類似した用語として祖霊という言葉がある。柳田国男は「祖霊」にしばしば「先祖」の語を当てて説明しているが、先祖という言葉は人によって受けとめ方に相違があるとして、文字を通して家の始祖と受けとる者と、自分たちの家で祭る霊、いいかえれば自分たちの家以外には祭る者のない霊と受けとる者、という二通りの解釈のあることを述べている。このような日本語に微妙な意味の混乱をもたらした要因として柳田は、漢語の導入、暦の採用、仏教の関与といった三要因をあげている。漢語としての祖霊・先祖・祖先の言葉に共通する語は「祖」で、祖霊=先祖の習合の共通基盤となっている。
漢語導入以前、先祖を言い表していたのは「ミタマ」の呼称であった。この「ミタマ」の語は『日本書紀』に「御霊」の文字が当てられていたが、平安期に天変災害が起こり、その原因を政変と結び付けて失脚した人々の祟りとして「御霊会」が営まれるようになると、もともと平和な先祖霊にそぐわなくなって他の漢語に置き変えられた。「聖霊」も同じような理由で用いられなくなって、結局は新年には「ミタマ」、盆には「精霊」の語が用いられた。また暦の採用は農作業のサイクルと結び付いた。仏教以前には世を去った人々の御霊を新旧二つに分けて祭る方式があったが、仏教が葬祭仏事を管轄下に置くようになると、年忌の習俗が制度化されて、弔い上げによって精霊が祖霊に融合するという死の文化装置となって結実するようになっていく。すなわち、祖霊とは先祖の霊魂のことをいい、「ホトケ」と呼ぶ汚れた死者霊、仏教的にいえば無縁仏は、個性のあるものとして仏教の管轄下にあるが、やがて「カミ」となって個性を失い、位牌も寺に納めるか川に流して祖霊すなわち祖先一般の神となるという信仰がみられるようになる。地方によっては、三三回忌を最終年忌とし、それをすませると、先祖になって屋敷の一隅に祭ってある祠に帰ってくるともいわれている。大分県の姫島などでは、ホトケは弔い上げの五〇年忌にはカミとなって昇天するので個人墓には霊がいないものとして倒してしまう「塔倒し」の行事がみられる。
柳田は、常民の祖霊信仰について次のように述べている。死者が出た場合、日本では葬儀に始まって七日七日の中陰法要、百箇日忌・一周忌・三回忌…と、年忌法要を重ねていくが、弔い上げ、トイアゲ・トイキリなどと呼ばれ、その年忌供養をある一定の年限をもって打ち切る習俗が全国的にみられる。その打ち切りの年は場所によっては四九年目、あるいは五〇年目とされる所もあるが、多くの場合三三年目である。三三回忌までの死霊は、ホトケまたは精霊などと称され、その個性を没してはいない霊である。三三回忌には生木を切り込んだ杉の葉付ないし葉付塔婆などを建て、この時点で死霊はその個性を失い、祖霊という集合的な霊体に合一される。祖霊とは、汚れたホトケ・精霊とは異なって清まったカミであり、多くの場合、生前の居住地からあまり遠くない山にあって子孫を見守るものであるとされ、この点で祖霊が田の神であるという連関がみられる。そして、死霊が追善供養を重ねながら祖霊へ変化していくことになる。最終年忌ののち、カミとなった祖霊は、毎年時期を定め子孫の家を訪問し、家の繁栄を守護する存在に変わる。その代表的な時期が盆行事であり、また、春秋の彼岸会の行事である。また、盆・彼岸には、子孫の供養をうけて祖霊への歩みをつづける新精霊・精霊が、先祖霊とともに訪れて浄化されていく。以上にみる柳田説は、年忌を祖霊化(先祖化)のプロセスの節目ととらえて、霊(ホトケ)が清められ、没個性化して祖霊(カミ)に至るとするものである。森岡清美は祖先崇拝の機能として、現在の家長が先祖の正当な後継者であることを証拠づける地位正当化の機能、家長後継者となる子の親に対する孝行の倫理が親の死後にも拡張していく世代関係安定の機能、親族糾合の機能、家維持の動機づけの機能の四項目を挙げている。この論理に従い、祖先崇拝が社会変動とともに変貌していくととれば、集団化から個人化への変化著しい今日、祖先崇拝の形態は変わっていくことが予測される。
【参考】マイヤー・フォーテス著/田中真砂子訳『祖先崇拝の論理』(ペリカン社、一九八〇)、ロバート・J・スミス著/前山隆訳『現代日本の祖先崇拝』上下(御茶の水書房、一九八一、一九八三)、柳田国男「先祖の話」(『定本柳田国男集』一〇、筑摩書房、一九七九)、諸戸素純『祖先崇拝の宗教学的研究』(山喜房仏書林、一九七二)、竹田聴洲『祖先崇拝・民俗と歴史』(平楽寺叢書、一九五七)、森岡清美『家の変貌と先祖の祭』(社会科学叢書、日本基督教団出版局、一九八四)、藤井正雄『祖先祭祀の儀礼構造と民俗』(弘文堂、一九九三)、孝本貢『現代日本における先祖祭祀』(御茶の水書房、二〇〇一)
【執筆者:藤井正雄】