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稲田稔界

提供: 新纂浄土宗大辞典

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いなだねんかい/稲田稔界

明治三九年(一九〇六)一月一日—平成二年(一九九〇)一二月二一日。明星光院芳蓮社瑞誉雲阿紫迎。近代浄土宗宗政家として活躍。宗門功労者。東京深川に生まれる。大正一五年(一九二六)増上寺にて伝宗伝戒を受け昭和二年(一九二七)宗教大学卒業、師僧五十嵐雲界没後の同四年東京正覚院住職となる。同二〇年増上寺財務部長、同二四年建築局長となり、椎尾弁匡のもと、戦後の増上寺復興に尽くす。また昭和二一年(一九四六)宗議会議員となり、同三六年には庶務部長、同三八年に教学局長を勤め、浄土宗合同に奔走し、大きな役割を果たした。同四四年日本宗教連盟理事長、さらに世界連邦日本仏教徒協議会・日本宗教委員会各理事長に就任し、宗門外の要職を歴任。晩年総本山知恩院顧問会会長に就任し、国際仏教興隆協会の理事長現職にて逝去。享年八五歳。


【執筆者:安孫子虔悦】