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観経疏伝通記

提供: 新纂浄土宗大辞典

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かんぎょうしょでんずうき/観経疏伝通記

一五巻。良忠撰。善導観経疏』の注釈書。『観経玄義分伝通記』六巻、『観経序分伝通記』三巻、『観経正宗分定善伝通記』三巻、『観経正宗分散善伝通記』三巻よりなる。『伝通記』と略称される。『伝通記』とは、法然聖光良忠三代相伝念仏の正義を未来に弘通する鈔記、という意味である。当時法然門下では、西山義証空の『自筆鈔』『他筆鈔』『積学鈔』、一念義幸西の『玄義分抄』、長楽寺義隆寛の『散善義問答』、諸行本願義長西の『光明抄』等多くの『観経疏』注釈書が競って撰述されており、これら異流の注釈書に対抗してあらわされた書であるといえる。良忠による『観経疏』の講述・再治は前後三二年間にも及ぶ。まず千葉在住時代の建長七年(一二五五)五七歳の良忠は①草稿本『観経疏聞書』を講述し、次の鎌倉在住時代の正嘉二年(一二五八)には②『二十五帖鈔』を講述し、弘長二年(一二六二)から文永元年(一二六四)にかけて、③『観経疏略鈔』を講述し、さらに京都上洛前年の建治元年(一二七五)には④一五巻本『伝通記』を講述・再治し、最終的には入寂した弘安一〇年(一二八七)に部分的な再々治を加え、⑤極再治本『伝通記』を完成させた。現行『浄全』二巻所収本がこれである。

極再治本の成立に至る過程において良忠の『観経疏』講述に影響を与えた典籍に、宝地房証真撰『観経疏私記』(『疏鈔』ともいう。存否未詳)と長西撰『光明抄』の二書がある。まず前者『観経疏私記』は善導観経疏』の注釈書ではなく、伝智顗観経疏』の注釈書である。その引用は『伝通記』に二一例を数える。良忠による引用は晩年になるほど引用回数が多く、原文に忠実に、かつ詳細になってきている。その引用の仕方は定善義の釈文を中心に多くが肯定的に引用されているが、相伝の義と相違する場合には善導の『観経解釈を最優先させている。すなわち、良忠鰐淵寺円信、および聖光の二師より宝地房流を学び、証真天台三大部の注釈方法を換骨奪胎かんこつだったいして、『観経疏』講述に応用したのである。次に『光明抄』からの引用は、玄義分と序分義だけでも、『聞書』『略鈔』『伝通記』の三書合計で一四六例の多くを数える。その引用の大部分は肯定的引用であるが、しかし、相伝の義と相違する場合には、聖光の説を最優先させている。その引用数がおびただしいことから、良忠はおそらく『光明抄』を傍に置いて、自らの『観経疏』釈書を完成させたと推定される。したがって、良忠にとって諸行本願義とは、教学的に共通する面と相対立する面との両面を合わせ持っているといえよう。

最後に『伝通記』における良忠の独自釈の特色について、代表的な法然門下の論争四項目に集約して述べる。まず第一に『観経』の「観」をめぐる論争である。良忠はまず異流解釈として、①仏の観機の観(隆寛)②廃立の観(幸西)③正因の観(証空)④観知の観(昇連房)⑤見仏の観(長西)⑥定善の観(宗源)の六義をあげ、それぞれを批判した上で、自説の観行観説を述べている。第二に要門弘願をめぐる論争である。良忠が批判の対象とした異流解釈とは西山義要門弘願釈である。証空によれば、要門とは弘願を説きあらわす教えとしての定散二善、つまり「観門」を意味し、弘願とは弥陀本願念仏を意味するとし、両者は能詮・所詮の関係にあると説く。一方、良忠によれば、要門とは往生の行因としての定散諸行念仏との二種を意味し、弘願とは弥陀本願、つまり往生外縁げえんを意味する。両者は内因・外縁の関係にあると主張する。したがって、西山義諸行不生、念仏一類往生説であり、浄土宗義は念仏諸行二種往生説である。第三に正因正行をめぐる論争である。正因正行とは善導の『観経疏』の釈文にもとづいて証空が考案した特殊名目である。証空によれば、正因正行とは弘願他力世界に帰入した上での分別であって、正因とは他力領解りょうげを、正行とは他力領解後の実践行を意味する。一方、良忠はもっぱら語義による会通釈によって、証空の独自釈が成立し得ないと批判している。第四は『観経』の摂益文訓読法をめぐる論争である。西山義では「一一の光明は徧く十方世界念仏衆生を照らして、摂取して捨てたまわず」(『自筆鈔』西叢二・九七中/『安心鈔』西山鈔物集一八一頁)と読む照摂一致の訓読法を用いるのに対して、良忠は「一一の光明は徧く十方世界を照らして、念仏衆生を摂取して捨てたまわず」(『伝通記浄全二・三四九中)と読む照摂不同の訓読法を主張している。なお、本書の末注には良暁伝通記見聞』一五巻(仏全六一)、聖冏糅鈔にゅうしょう』四八巻(浄全三)、良栄理本伝通記見聞』二六巻、了暁伝通記糅鈔眼記』(仏全六〇)、道光伝通記料簡抄』六巻、妙瑞伝通記懸談』一巻等がある。


【所収】浄全二、『仏教大系』一三


【参考】廣川堯敏「宝地房証真撰『観経疏私記』と良忠」(塩入良道追悼論文集刊行会編『天台思想と東アジア文化の研究』山喜房仏書林、一九九一)、同「金沢文庫本『観経疏聞書』と『光明抄』—良忠教学の思想基盤—」(『浄土宗学研究』一八、一九九二)、同「初期良忠教学の形成過程—金沢文庫本『観経疏玄義分聞書』第一を中心として—」(『浄土宗学研究』二三、一九九八)、沼倉雄人「良忠述『観経疏伝通記』の書誌的整理と末書について」(金子寛哉先生頌寿記念論集『中国浄土教とその展開』文化書院、二〇一一)


【執筆者:廣川堯敏】