権社・実社
提供: 新纂浄土宗大辞典
ごんしゃ・じっしゃ/権社・実社
日本の神々を本地垂迹思想のもと「権」と「実」に分け、仏や菩薩が権に神となって祀られた社を権社といい、生霊・死霊・動物霊(竜蛇狐狸)などを祀った社を実社という。したがって、権社の神は仏の慈悲を垂れる正神であり、実社の神は人間に祟りをなす悪鬼神といわれる。存覚の『諸神本懐集』前編には「権社というは往古の如来深位の菩薩、衆生を利益せんがためにかりに神明のかたちを現したまえるなり」とあり、その権社の霊神を明らかにすることは本地の利生が尊いものであることを教えるためだと説いている。つまり、仏教徒は権社の霊神を敬い、実社の神をしりぞけよというのである。こうした主張は、鎌倉期以降の中世の村落における専修念仏の広がりと深い関わりがある。すなわち村落において土着の神に対する信仰や祭りと対立することなく専修念仏が受け入れられた背景には、土着の神を実社神と位置づけ、それによる祟りを専修念仏によって和らげることができるとし、民衆の畏怖心を取り除いたということがあった。また、土着の神は村落の氏神・祖先神と強く結びついていたため、実社神としての土着の神に称える念仏は先祖崇拝とも結びつき、祖先への念仏による追善供養という形でも受容された。
【資料】『豊葦原神風和記』中、『渓嵐拾葉集』四、『破邪顕正抄』中
【参考】今堀太逸『神祇信仰の展開と仏教』(吉川弘文館、一九九〇)
【参照項目】➡本地垂迹
【執筆者:松野智章】