慶派
提供: 新纂浄土宗大辞典
けいは/慶派
仏師定朝の子(または弟子)といわれる覚助の系譜に連なる仏師の一派で、康慶、運慶など名前に「慶」を付けることからそう呼ばれる。院派・円派の仏師が京を中心に造仏していたのに対して、慶派は南都を中心に活動をしていたことから南都仏師ともいわれた。治承四年(一一八〇)平重衡による南都焼き討ち後の復興造営を契機として、康慶、運慶、快慶、湛慶といった一門の仏師たちが頭角を現し、東大寺、興福寺の復興造像を行ったほか、運慶は鎌倉幕府と、また快慶は東大寺大勧進俊乗房重源と親密な関係を保つことで一門の仏師はその外護を受けた。その写実的で緊張感のある清新な作風は、新時代の芸術活動の象徴とも言うべきものであった。特に快慶は浄土教信仰者としても知られ、その一門の行快とともに初期浄土宗関係の造仏を多く行っている。
【執筆者:青木淳】