宗教人類学
提供: 新纂浄土宗大辞典
しゅうきょうじんるいがく/宗教人類学
宗教現象や宗教思想を、調査対象の文化・社会全体の中での位置づけや周囲の文化・社会との関係に着目して研究する学問。
[欧米での研究動向]
その成立はフィールドワークに基づく近代人類学の確立と軌を一にする。その確立に寄与したB・マリノフスキーは『西太平洋の遠洋航海者』(一九二二)を著し、文化は生物的・心理的欲求充足のための体系であり、宗教はその装置の一つとして不安の除去と社会的連帯の強化という機能をもつと論じ、「未開」とされた人々の文化の合理的説明を試みた。もう一人の寄与者であるA・ラドクリフ=ブラウンは無数の人々による社会的活動からなる社会構造に着目して各社会活動の機能を探究した。彼によれば、宗教、特に儀礼は人々を社会秩序に適応させ社会構造を維持するものである。続いて象徴や世界観への関心が高まった。『野生の思考』(一九六二)などを著したC・レヴィ=ストロースは親族や神話の要素間の規則を解明することで、一見不可解な宗教的行為の理解を試みた。一つの神話が他の神話を解読するヒントになることから一つの文化が他の文化を理解するヒントになる可能性と、一つの文化の中にも複数のコードがあることを指摘し、絶対的・普遍的な価値体系の存在を否定しつつ文化は単独では存在しえないと主張した。M・ダグラスは『汚穢と禁忌』(一九六六)のなかでどの社会における秩序も「不浄なもの」の排除と表裏一体に成立していると論じた。A・ファン=ヘネップは『通過儀礼』(一九〇九)において社会的身分の変更を伴う通過儀礼(成人式など)には日常からの分離、異なる時空への移行、日常への再統合が含まれると論じた。『儀礼の過程』(一九六九)を著したV・ターナーは日常的秩序が一時的に力を失い互いの関係性が未分化になる状態をコムニタスと名付けた。宗教運動や儀礼に顕著に見られるこの状態は、反構造化されているが新しい構造を胚胎するものでもあり構造を弁証法的に更新・活性化させる。『文化の解釈学』(一九七三)を著したC・ギアツは、「当事者の解釈を再解釈する」ことで人々が無意識に従っている意味の体系を社会的文脈に即した「厚い記述」に基づいて分析し、それを社会構造的・心理過程的に関係づける解釈人類学を目指した。
[日本での研究動向]
日本での研究成果をテーマごとに紹介する。儀礼や呪術は恣意的な境界や権力構造を創出・正当化・変更する。その研究には、生と死の儀礼の記述を行った波平恵美子『暮らしの中の文化人類学』(一九八六)や、病院や国民国家などの近代的制度の中に埋め込まれた儀礼的実践を分析した青木保編『儀礼とパフォーマンス』(一九九七)がある。宗教が既存の権力を正当化し人間の経験のしかたを水路づけるという視点は、南・東南アジアにおける日常的宗教実践を研究した田辺繁治編『実践宗教の人類学』(一九九三)にもみられる。共同体のアイデンティティ維持のための暴力については田中雅一編『暴力の文化人類学』(一九九八)が詳しい。呪術論の成果には、困難に直面した人がいかにして生き抜こうとするかを記述した長島信弘『死と病いの民族誌』(一九八七)や、資本主義や情報技術の発達という現代的状況と呪術の親和性を論じた阿部年晴他編『呪術化するモダニティ』(二〇〇七)がある。超自然的存在と直接交渉するシャーマンを中心にした呪術—宗教的実践であるシャーマニズムの研究は国内や東・東南アジアを主なフィールドとし、シャーマンや依頼者の世界観、他の宗教的職能者との関係、超自然的存在との交渉方法の分類、王権や近代化との関係、シャーマニズム復興が研究され、佐々木宏幹『シャーマニズムの世界』(一九九二)などがある。目的と手段が聖なる象徴体系に規定される宗教運動についての研究は、日本の新宗教運動の特徴と時代背景や、外国の宗教復興運動と近代化や政治・経済状況との密接な関わりを対象とした田辺繁治編『アジアにおける宗教の再生』(一九九五)や大塚和夫『イスラーム主義とは何か』(二〇〇四)などがある。今後は、ある現象を例えば「政治」や「医療」ではなく「宗教」とみなすことが適切かを問い続けながら、隣接諸学とともにその動態性を捉えていく必要がある。
【執筆者:樫尾直樹】