大江匡房
提供: 新纂浄土宗大辞典
おおえのまさふさ/大江匡房
長久二年(一〇四一)—天永二年(一一一一)一一月五日。平安時代後期を代表する文人。極官は正二位大蔵卿。大江成衡の男。曽祖父は大江匡衡。後三条・白河・堀河・鳥羽の四天皇に仕え、政治・宗教・文学・有職・芸能などの各分野において、多彩な活動を行った。匡房の文才は他に抜きん出ており、漢詩文・和歌に秀作を多く遺している。有職故実など伝統の継承に心を砕く一方、傀儡子や遊女など周縁の文化にも特異な視点を持っていた。著書に『続本朝往生伝』『本朝神仙伝』『江都督納言願文集』『江家次第』などがあり、その言説を藤原実兼が記した『江談抄』も思想史上の初見を数多く含む。また、浄土教・密教・陰陽道・神仙思想などにも造詣が深く、本地垂迹説の形成期において主導的な役割を果たした。その浄土思想の一端は、往生伝や願文などに見られるが、特に八幡神の本地を阿弥陀仏と宣揚して、浄土信仰と八幡信仰の融合を企図したことに特徴がある。
【参考】川口久雄『大江匡房』(吉川弘文館、一九六八)、小峯和明『院政期文学論』(笠間書院、二〇〇六)、磯水絵『大江匡房—碩学の文人官僚』(勉誠出版、二〇一〇)
【執筆者:吉原浩人】