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教導職

提供: 新纂浄土宗大辞典

きょうどうしょく/教導職

三条の教則に基づく民衆教化政策の担い手となるべく、明治五年(一八七二)四月の太政官第一三二号達によって設けられた役職。主に神官・僧侶が任じられた。一級の大教正から一四級の権訓導までに分けられ、六級以上は太政官が直接任命し、七級以下は上級教導職の推挙を得た上で神道仏教各宗管長から試補に任じられ、その後大教院での試験を受けて等級を決定し、補任された。三条の教則や十一兼題、十七兼題の説教などが出題されたが、神道側に比して僧侶の補任はあまり進まなかったといわれている。同一五年に神官と教導職が分離され、同一七年に廃止された。


【参考】谷川穣『明治前期の教育・教化・仏教』(思文閣出版、二〇〇八)、小川原正道『大教院の研究—明治初期宗教行政の展開と挫折』(慶応義塾大学出版会、二〇〇四)


【参照項目】➡大教院三条の教則


【執筆者:小川原正道】