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女人往生

提供: 新纂浄土宗大辞典

にょにんおうじょう/女人往生

女性が浄土往生すること。古来、インドの女性蔑視の風潮を仏教が受け、女性は往生成仏できないという考え方があった。五障といい、女性は梵天帝釈天転輪聖王てんりんじょうおう・魔王・仏陀の五種のものにはなれないとされていた。インドの女性蔑視の風潮と仏陀相好陰馬蔵相おんめぞうそう(仏の男根は普段は腹部に隠れていること)があることも反映し、また経典にも浄土に女性はいないとするものがあるなど、女性は差別的に扱われていた。その一方で、女性が覚りを得ることや往生成仏することも説かれている。ただし女性が往生成仏するといっても『法華経』の「提婆達多品」には「変成男子へんじょうなんし」とあって、一旦男性になってからのこととされた。ここには経典成立当初のインド社会には、人間平等を説いてもそれが浸透しない風潮があって、仏教も女性差別を温存しながら人間平等を説かざるをえない事情があったとする見方もある。『無量寿経』の第三十五願に「もし我れ仏を得たらんに、十方無量不可思議の諸仏世界に、それ女人あって、我が名字を聞きて、歓喜信楽して、菩提心を発し、女身を厭悪えんのせんに、寿終の後、また女像とならば、正覚を取らじ」(聖典一・二三〇/浄全一・九)とあり、浄土往生を求める女人が男性になるというインドの社会風潮が背景となった誓願となっている。これを受けて世親は『往生論』に、女人・根欠・二乗浄土に生じないとした。曇鸞はこれを、女人・根欠・二乗往生できないというのではなく、大乗一味、平等一味ならしめるために、そのままでは往生できないとしたと解釈する。また善導は『観念法門』に、女人が往生浄土を願って仏名を称すれば仏の願力によって女身を転じて往生できるとした。女人は往生できないとする考えを批判したものの、そこには転女成男てんにょじょうなんの立場が見られる。

日本においても女人の往生成仏を認めながら変成男子転女成男によっており、真の平等往生成仏は示されなかったが、法然により、三学非器という修行能力を否定された者も含めて男女老若等のあらゆる世間相対の立場をこえて平等往生が示されることになった。中でも法然が化益した女性は、鎌倉二位の禅尼や正如房から遊女にいたるまで身分をこえ、当時のあらゆる階層に及んでいた。法然の女人に対する法語として信頼できるのは『無量寿経釈』であり、ここでは特別に女人往生のことについて言及している。すなわち、第十八願で念仏による平等往生が示されているのに、女性の往生に関わる第三十五願が示されるのはなぜかという問いに対して答えたものである。法然はこの願を「女人往生の願」といったが、親鸞は「転女成男の願」といっている。女人には五障三従さわりがあるとして差別を受けてきた歴史があった。日本においてもなお比叡山高野山結界を設けて女性の入山を拒んできている。法然は、このような苦難の歴史をたどらないようにと設けられたのが第三十五願であると解している。善導転女成男にもとづく女人救済を説いたとして引くものの、法然はこれについて「これすなわち女人の苦を抜て、女人に楽を与える慈悲の御意の誓願利生なり」(昭法全七八)と言及するのみである。これをとりあげて、法然にも善導を受け、転女成男の思想があるとする見解があるが、法然は女人の苦を抜き楽を与えるために再度誓われたものとみるのみである。

そこで『無量寿経釈』だけで法然の立場をみることには限界があり、不明確であるので法然の他の法語に依らざるをえない。それによれば法然は、第十八願の本願名号を称える念仏による一切衆生平等往生を説いた。『登山状』『十二箇条問答』『津戸の三郎へつかわす御返事』『浄土宗略抄』『十二問答』『念仏往生義』『禅勝房に示されける御詞』などには、智者愚者・持戒破戒・多聞少聞・老若男女等世間相対の立場をこえて、ただ生まれながらの念仏による往生が示されている。『つねに仰せられける御詞』にも同様の文があり、法然には常に女人往生意識されていたことが知られる。先の『無量寿経釈』に明確な立場が示されないままになっている部分は『選択集』では取りあげられていないが、むしろ特別に取りあげることがかえって差別につながりかねないとする考え方も示されている。なお往生後、成仏の際に転女成男が求められるのではないかという問題が残る。法然法語往生を求めることを示すものが多く、往生後のことはほとんど説かれない。法然は仏の側のことについては「聖意難測」といったり、ある人の浄土についての問いに対しても「行ってみるべし」と答えるなど明確には示さない立場を堅持しており、往生後もただ十地の願行自然にあらわれるとして仏にまかせるのみである。


【参照項目】➡五障三従女人往生願女人禁制女人根欠不生転女成男女人成仏


【執筆者:福𠩤隆善】