「原澄」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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げんちょう/原澄
宝暦二年(一七五二)—文政三年(一八二〇)七月七日。清蓮社浄誉生彼国阿。金戒光明寺四九世。近江国信楽(滋賀県甲賀市信楽町)に生まれ、増上寺において修行し、寛政一〇年(一七九八)一一月一二日に、江戸崎大念寺三〇世の住職に就任。文化二年(一八〇五)一〇月二六日(一説に一二月)に金戒光明寺に進董して四九世の法灯を受け継いだ。黒谷在任中、同六年には阿弥陀堂の修理を手掛け、同七年八月に、知恩院宮尊超法親王の得度にあたり教授師を務め、さらに同八年正月には法然の六〇〇回忌遠忌を勤修した。文政三年七月七日に世寿六九歳にて遷化。また著書に『紫雲山縁起及縁起考』一巻、『五重本末講義』六巻があり、特に後者の評価は高い。
【資料】『黒谷誌要』『江戸崎大念寺志』(共に浄全二〇)、『浄源脈譜』『三縁山志』八(共に浄全一九)
【執筆者:井野周隆】