「大熊弁玉」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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おおくまべんぎょく/大熊弁玉
文政元年(一八一八)—明治一三年(一八八〇)四月二五日。善蓮社浄誉慶阿。字は満潮。雅号は由良牟呂。江戸浅草俵町に大熊卯八の子として誕生。一三歳で江戸下谷の清徳寺大潮に入門。一五歳で増上寺学寮に入り、明誉について宗義を相承。嘉永三年(一八五〇)より神奈川三宝寺住職。明治五年(一八七二)には教部省の招聘で国学を講じる。長歌を橘守部、短歌を岡部東平、詩を大沼枕山、詩文を飯沼弘経寺の秦冏に学ぶ。歌集に門下の岡野良哉がまとめた『由良牟呂集』がある。
【参考】『蟹が行くヨコハマ』編集委員会『蟹が行くヨコハマ』(横浜文芸懇話会、二〇〇五)
【執筆者:市川定敬】