「仏名会」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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2018年9月17日 (月) 10:09時点における版
ぶつみょうえ/仏名会
懺悔滅罪のために、過去・現在・未来の三千仏の名号を称え礼拝し、一年の罪障を懺悔し消滅させるための法会。釈尊の成道に合わせて一二月六日から八日にかけて修されることから朧月仏名、朧八仏名ともいう。この法会は『年中行事秘抄』(延応元年〔一二三九〕写)によると光仁天皇の宝亀五年(七七四)に始まったもので、承和二年(八三五)宮中での恒例の儀式となり、同一三年には諸国においてもこれを修するように発令された。『仏名経』に「若し善男子・善女人、諸の仏名を受持し読誦すれば、是の人は現世安穏にして諸難を遠離し、及び諸罪を消滅し、未来に当に阿耨多羅三貌三菩提を得べし。若し善男子、善女人、諸罪を消滅せんと欲せば、当に浄く洗浴して、新しき浄衣を著し長跪合掌して、是の言を作すべし」(正蔵一四・一八五上)とあることに基づき行われる。知恩院では応仁の乱より以降、途絶えていたものを、義山が正徳二年(一七一二)に再興した(『知恩院史料集』日鑑・書簡篇四、二〇九頁)。そして翌三年に『仏名会礼懺儀』を版行して流布させた。増上寺では一二月一〇日から一二日にかけて、知恩院では加行との関係から一二月二日から四日にかけて行っている。知恩院では三千仏の図像を奉安して、三千仏名で礼拝し、増上寺では弥陀名号の三唱礼で礼拝し、京都嵯峨清凉寺では一二月六日から八日にかけて弥陀名号三千礼拝を行っている。
【資料】『洛東華頂義山和尚行業記幷要解』(浄全一八・一〇〇上)、『知恩院史』一二六八頁、『獅谷白蓮社忍澂和尚行業記』(浄全一八・二三)
【執筆者:大澤亮我】