うんどう/雲洞
元禄六年(一六九三)—寛保二年(一七四二)二月二二日。青蓮社忍誉暁山。諱は亮徹。俗姓は高木氏、宇都宮の人。一四歳の時、雲頂について宇都宮慈光寺で出家。結城弘経寺・太田大光院・小石川伝通院・増上寺に留錫し、師僧の雲頂が岩槻浄国寺の住持になると同行した。幼少から好学で、仏道に精進するとともに、唐詩や国学にも堪能であった。主要作として『往生論註正義叙説』一巻、『往生論註正義』二巻(共に続浄五)がある。
【資料】『略伝集』(浄全一八)、『三縁山志』(浄全一九)
【参照項目】➡往生論註正義叙説、往生論註正義
【執筆者:中島英人】