道元
提供: 新纂浄土宗大辞典
どうげん/道元
正治二年(一二〇〇)一月二日—建長五年(一二五三)八月二八日。日本曹洞宗の開祖。父は久我源氏、母は藤原氏。名門の生まれであるが、無常を感じ、一二歳で比叡山に入り、出家。天台教学を学んだが、本覚思想に悩み、生まれながら法身仏であれば、なぜ修行するのかとの疑問を有するようになった。その後、三井寺公胤の勧めで禅宗の存在を知ったが、臨済宗の開祖・栄西は既に示寂していて会えず、その弟子明全と共に二四歳のとき、宋に渡った。多くの師に就いたが、最後に天童寺の如浄の下で大悟し、ただ坐禅すること、只管打坐のみが成仏であるとの悟りを得た。帰国後、京都に興聖寺を建てたが、比叡山からの圧迫もあり、波多野義重の勧めで越前に永平寺を建立し、根本道場とした。四八歳のとき北条時頼の招きで鎌倉に行った。その後病を得て、京都に行き、そこで示寂した。著書に『普勧坐禅儀』『弁道話』『正法眼蔵』『永平広録』などがある。『普勧坐禅儀』は坐禅の要点が示される。また『弁道話』は開宗宣言の書である。なお道元が念仏に言及するのは『弁道話』にただ一回だけである。
【参照項目】➡曹洞宗
【執筆者:吉津宜英】