禁欲主義
提供: 新纂浄土宗大辞典
きんよくしゅぎ/禁欲主義
食欲や性欲など人間の中の動物的本能・欲望の否定が動機となり、断食などの苦行、性的節制、飲食の禁止等の手段により自己を統御することを通して、ある宗教上の理想を実現しようとする態度を意味する。洋の東西を問わず、古くからさまざまな宗教においてみられるものであり、宗教というものが持つ普遍的な特質といえる。これらの禁欲的態度を保つために宗教者は世俗を離れるようになり、それが仏教の僧院やキリスト教における修道院の形成につながっていく。禁欲は先にも述べたように人間の動物的本能・欲望を否定するところに端を発するため、その欲望の源泉である肉体を否定的な意味でとらえる傾向を促しやすい。それゆえ禁欲は霊魂(心)の肉体からの解放のための修行、苦行を伴う形式をとることが多く、禁欲と苦行は分かちがたく結びついた概念となる。仏教では煩悩を否定し、その束縛から心が解放された究極の境地を解脱と呼ぶが、そのために断食や不眠不臥といった苦行をおこなったり、ヨーガのような修行体系が整えられたのはその良い例である。また、W・ジェイムズはキリスト教的禁欲の源泉を、清浄さに対する愛、聖なるものへの自己犠牲、贖罪の証しなどにあるとしたが、カトリックの修道士たちにおいて、禁欲的苦行とは自らの信仰の情熱を証明し心の平安をもたらすものであった。それゆえ、この禁欲的苦行は最終的に聖なるものとの神秘的合一体験にまで行きつくこともある。また、禁欲は宗教にのみかかわるものではなく、近代という時代の基底をなすものとして考えられることもある。宗教社会学者のM・ウェーバーは、個人を神の意志を遂行する道具とみなし、欲望を抑圧し勤勉に仕事に励むことを信徒に要求したプロテスタンティズムの倫理が近代資本主義を生んだとし、精神分析学者のS・フロイトはこの禁欲が近代人の精神的不安定さを生んだと分析した。
【執筆者:山梨有希子】