唯願房
提供: 新纂浄土宗大辞典
ゆいがんぼう/唯願房
一二世紀頃、生没年不明。法然の門人の一人。『四十八巻伝』二八に、津戸三郎為守(尊願)や浄勝房等とともに不断念仏を修したと伝える。『同』四四には、門弟の正智とともに隆寛のそばにいて「臨終の一念は、百年の業に勝れたり」(聖典六・六七七)とあり、隆寛の臨終を看取ったと伝える。古本『漢語灯録』所収の『七箇条制誡』に「欣西 唯願房」とある(二尊院所蔵の『七箇条制誡』には「欣西」とある)。また、『法水分流記』にも「欣西 唯願」とある。さらに『翼賛』三一でも「欣西録云唯願房」(浄全一六・三八六下)という。欣西と唯願房とが同一人物であるとすれば、建久九年(一一九八)の『没後遺誡文』に、法然の財産分与の証人として「欣西」の名がみえ、また法然の門弟正行房に宛てた欣西の書状(奈良興善寺所蔵)が現存するので、法然の身近な弟子であったことがわかる。
【資料】『四十八巻伝』
【参考】斎木一馬「欣西書状」(『斎木一馬著作集』三「古文書の研究」吉川弘文館、一九八九)、中野正明『改訂増補法然遺文の基礎的研究』(法蔵館、二〇一〇)
【執筆者:新井俊定】