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提供: 新纂浄土宗大辞典

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ぜん/善

悪の対概念。宗教観、倫理観、社会観等多岐にわたる概念。西洋文明ではプラトン哲学(善のイデア論)、キリスト教学(最高善の神)、カント哲学(理性の善)等で論じられる。インド文明では『リグ・ヴェーダ』(紀元前一二〇〇年頃)以来、知られた概念。善の原語としては以下がある。ⓈpuṇyaⓅpuññaⓉbsod namsⓈⓅkalyāṇaⓉdge baⓈśubhaⓅsubhaⓉmdzes paⓈⓅbhadraⓉbzang poⓈkuśalaⓅkusalaⓉmkhas paⓉdge baⓈⓅsādhuⓉlegs pa。仏教の基本的定義としては「安穏の業(安穏なる報いを受ける業)」。心所法に説かれる三性(善・悪・無記)の一つである。色界無色界の善業が不動、欲界の善業が福である(『俱舎論』業品)。また善を有漏うろ無漏むろに分ける理解もある。仏教は積善によって身につく功徳を基礎とするので、作善主義とも言い得る。釈尊入滅前に弟子のスバッタに対して、「わたしは二十九歳で、何かしら善を求めて出家した」(中村元訳『ブッダ最後の旅』一五〇頁)と説いたように、修行者の目標として明確に作善があった。善に関する法数としては、初期仏教以来、十善十善業、十善業道)が代表。①不殺生②不偸盗③不邪婬(以上身業)④不妄語⑤不悪口⑥不両舌⑦不綺語(以上口業)⑧無貪⑨無瞋⑩正見(以上意業)で、この対概念が十悪十悪業、十不善業道)である。三福業(施・戒・修習)は三善業の意味である。初期仏典における善の用例としては、「すべて悪しきことをなさず、善いことを行ない、自己の心を浄めること、—これが諸の仏の教えである」(七仏通誡偈、中村元訳『ブッダの真理のことば感興のことば』三六頁)、「安らぎに帰して、善悪を捨て去り、…生と死とを超越した人、—〈道の人〉と呼ばれる」(中村元訳『ブッダのことば』一一〇頁)が有名。倫理的に廃悪修善、教理的に善悪超越の立場がすでに確認できる。アビダルマ仏典では先の『俱舎論』や『大毘婆沙論』五一に①自性善②相応善③勝義善④等起善の四種善が示される。大乗仏典では、アビダルマ教理を継承展開した瑜伽ゆが唯識説に解釈例がある。例えば、『阿毘達磨雑集論』本地分中三法品では十三種善を出す。すなわち①自性善②相属善③随逐善④発起善⑤第一義善⑥生得善⑦方便善⑧現前供養善⑨饒益にょうやく善⑩引摂善⑪対治善⑫寂静善⑬等流善である。さらに『唯識三十頌』第一一頌には十一種善として①信②慚③愧④無貪⑤無瞋⑥無痴⑦勤⑧安⑨不放逸⑩行捨⑪不害を説く。これは五位七十五法の大善地法(十法)に拠った、善という心作用である。その他、『大智度論』釈習相応品には「三種悪三種善、十種悪十種善」(正蔵二五・三三四中)の用例もある。

次に善との関わりで、浄土教仏典「三経一論」を眺める。『無量寿経』『阿弥陀経』では、阿弥陀仏極楽世界が出現する因果において善が重要である。法蔵菩薩誓願行(善業)が因、阿弥陀仏極楽世界功徳荘厳)が果となる。この場合の功徳は「勝れた徳性」(Ⓢguṇa)の意味。『往生論』にも、極楽世界は「正道大慈悲、出世の善根より生ず」(聖典一・三五四/浄全一・一九二)と説かれる。『観経』においても善が重要である。そこに説かれる定善・散善のうち定善は、集中して極楽世界の一三種の対象を観察する修行である。散善は、平生に散乱した心のまま修する善行すなわち三福である。釈尊はこれら定善・散善阿難付属せず、念仏一行を付属する。行相面では、この『観経』の説が浄土系諸派の要となる。法然善導称名念仏説を承け、『選択集』一三において、念仏をもって多善根とし、雑善をもって少善根とする。その上で念仏を大善根・勝善根と説く。称名念仏を善の肝要とし、その価値観を仏道修行の基本とした。さらに『念仏往生義』では、「よき地によき種をかんがごとし。かまえて善人にしてしかも念仏をも修すべし。これを真実に仏教に随う者というなり」(聖典四・五二七/昭法全六九二)と説いた。善人(善い畑)となって、念仏(善き種)を行う(蒔く)者を、真実の仏教者とする。また善悪観は教判を離れても、世間的に影響力をもった概念である。そのため悪人正機説との関係上、その解釈が議論されてきた。


【参考】藤田宏達「原始仏教における善悪の問題」(印仏研究二二—二、一九七四)、原実「tapas, dharma, puṇya(\_mrs2253\/sukṛta)」(『平川彰博士還暦記念論集 仏教における法の研究』春秋社、一九七五)、櫻部建「『功徳』という語について」(『大谷学報』五六—四、一九七七)、眞柄和人「puñña(功徳)について」(『浄土宗学研究』一四、一九八一)、同「善導集記『観経疏』における善悪について」(『浄土宗学研究』一二、一九七九)、袴谷憲昭『仏教教団史論』(大蔵出版、二〇〇二)


【参照項目】➡定善・散善多善根・少善根


【執筆者:中御門敬教】