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法式

提供: 新纂浄土宗大辞典

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ほっしき/法式

法要儀式に関するすべての方式をいう。また仏教儀礼の全般を意味し、法儀ともいう。宗教は、その教義信条によって一定の儀式を制定し、その信仰の表現に努めるものである。法式は一宗の信仰が形態に表現せられた儀式であって、恭敬・威儀を基礎とし、音声の法則的発声、犍稚かんち類の規則的使用を包含し、渾然たる一致調和のもとで、法悦を生ぜしめ、自己にとって信仰を深め、他者にとっては入信の契機ともなるものである。一つの宗教的式典であると同時に、宗教伝道の重要なる方法である。一宗の教義弘宣のうえから、一大布教の価値がある。法式は古式・伝統を尊ぶものであり、その規範を逸脱しないように努めるとともに、常に時勢の推移を考え、時期相応に制定すべきものである。法会の儀式作法などについて『高僧法顕伝』に、「仏、泥洹ないおんして已来、聖衆の行ずる所、威儀法則、相承絶えず」(正蔵五一・八五九下)とあり、その儀礼の法が伝えられたことが記されている。このようなことから中国での法式は、インド仏教の流れをくむものとされ、それをもとに各種法要式の作法次第が整えられ、無遮大会むしゃだいえ仏生会涅槃会、華厳会、放生会盂蘭盆会などの多数の法会が行われ、その規則が示されるようになった。とくに禅家では『百丈清規ひゃくじょうしんぎ』『幻住庵清規げんじゅうあんしんぎ』などの規則が定められ、これによって日常の起居動作までが規律されるようになった。日本においても御斎ごさいえ懺法おせんぼうこうなどの法会が盛んに行われ、その儀式も次第に整ってきた。平安朝以降には天台宗は法華三昧・常行三昧真言宗は朝暮勤行の儀式作法を「法則ほっそく」として示し、とくに密教の典籍に説かれる仏・菩薩および天部などの念誦供養に関する儀式作法は「儀軌」といい、禅家では「清規しんぎ」にその規範を示している。浄土宗法式法然が、天台声明の大成者大原良忍の高弟である叡空からその法を伝えられたので、天台流法式声明をその源流としている。また行儀や犍稚物などは、のちに聖冏が禅風を多く採用したところから、本宗法式はこれらの流れによって発展してきたが、江戸時代になって浄土宗が徳川幕府と師檀の関係を持ってからは、独自の法式の確立が求められた。法会における法要は「勤行」「諷経ふぎん」などと各宗によって違いがある。浄土宗では自行を勤行式とし年回法要などを法事と称した。明治三四年(一九〇一)四月一七日浄土宗管長野上運海は、訓令第一号をもって「宗祖大師七百年正当の御遠忌は既に十年の近きにせまれり、…依って他日其法式作法を定め、之を発布せんとす」といい、「法式」の名称を初めて用い、同時に「作法」といい、一般の法式相伝に基づく作法を区別して、法要儀式に関するものをすべて、この法式の名称のもとに統一した。同四三年、浄土宗務所認定として刊行された『浄土宗法要集声明』は、「通常法要式」・六時礼讃声明を掲載しているが、縁山流の法式声明であった。同四四年元祖大師七〇〇年大遠忌を迎えたころから本宗内に全国の法式統一の儀が起こり、宗務所はこれに賛同し、大正四年(一九一五)法式条例を発布し、東西斯道の権威協調し、同一三年四月『宗定法要集』を上梓して一般寺院にこれを配布し、おおむねその統一を図った。さらに音声おんじょう部・威儀部などを統一して、完璧を期すため法式協会の制をつくり、逐年審議を重ね、昭和一四年(一九三九)一二月『浄土宗法要集』を刊行し、ようやく法式の統一を見るに至った。現在は法儀司ならびに一・二級法式教師が全国的に法式の指導に当たっている。


【参考】『浄土宗日常勤行式の総合的研究』(浄土宗総合研究所、一九九九)、『浄土宗法要儀式大観』(名著普及会、一九八七)


【参照項目】➡声明並特殊法要集浄土宗法要集


【執筆者:岡本圭示】