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江藤澄賢

提供: 新纂浄土宗大辞典

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えとうちょうけん/江藤澄賢

明治四五年(一九一二)三月一九日—平成一一年(一九九九)一一月五日。心蓮社善誉忍阿。道号は得魚。清浄華院七九世。父土川善澂、母照緒の四男として、京都市定信院に生まれる。後に江藤徴英の養子となり改姓。昭和一〇年(一九三五)大正大学仏教学科卒業。卒業後は太田大光院鈴木霊真のもとで伝法を研究。京都教区定信院、福井教区正覚寺住職を歴任する。同一六年四月より佛教専門学校に奉職。同二四年には佛教大学教授に就任したが、同二八年に退任。そのほか福井教区教化団長、浄土宗宗議会議員、北陸地方教化センター委員長などを歴任し、宗門の興隆および教化に力をそそぐ。同四〇年より清浄華院執事長を務め、同四四年に一度退任するが、同五一年より再び清浄華院執事長に就任。その後、七八世高畠寛我知恩院門主上任のあとを受け、同五五年、清浄華院七九世に就任。在任中には、宗祖降誕八五〇年慶讃法要、三上人遠忌法要などを務める。平成一一年一一月五日、八七歳にて遷化


【参照項目】➡土川善澂


【執筆者:沼倉雄人】