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小五条

提供: 新纂浄土宗大辞典

こごじょう/小五条

五条袈裟の一種。威儀細いぎぼそともいう。道衣改良服)のときに被着する略式の袈裟禅宗絡子らくすの変形でかんがなく、威儀平絎ひらぐけの共布の帯)が細いのでこの名がある。義海仏像幖幟義ひょうしきぎ図説』坤の五条の項には、浄土宗小五条の源流について二説を挙げている。一つは聖光の門人の円心が入宋にっそうして、廬山流の脈譜と法衣を伝え、天台の法服を改めて廬山衣に換えたが、無鐶の掛絡から廬山の遺風であるとする説。もう一つは飯沼弘経寺五世祖洞の伝説による。祖洞はもと禅僧であったが、弘経寺晋董しんとうしても禅軌によっていた。あるとき、禅家の僧侶が禅衣を改めるよう詰問したとき、「這箇しゃこ一鐶いっかんち去るにまかす」と言って、袈裟の鐶を引きちぎりなげうったといい、これによって浄土宗では、絡子に鐶をつけないようになったという説(仏全七三・服具叢書一・一一一下)。ただし、祖洞がはじめて禅衣を用いたのではなく、この頃は既に禅軌の影響を受けていた。同書の威儀細の項には、左右の小帯を威儀と称する説を挙げている。この小帯があるので袈裟が被着でき、四威儀にわたり威儀が具わることができるからこの名があるとしている。現在、『法要集』「寺院の祝儀・不祝儀の法服と副具」では、祝儀の参列は黒色の直綴じきとつ顕色けんじき小五条、不祝儀の参列は黒色の直綴如法衣と定めている。一般的な慣習として、祝儀のときは顕色小五条、不祝儀のときは壊色えしき小五条と使い分けをしている。金襴や錦で作られたものを小五条と称し、壊色のものを威儀細と別称することもある。通常の被着法は通肩つうけんで、襟の後ろ部分に後牌ごはい(米印の「かがり」がついた部分)をあてて、左右の威儀を両肩から胸の前に出し、五条部分は腹部を覆うように掛ける。ただし、仏事の接待役などの場合は偏袒右肩へんだんうけんにして、脇掛わきがけ(左肩から右脇下へ)にする地域もある。知恩院御忌大会好身よしみ法類は、黒色の直綴顕色小五条を脇掛にしている。【図版】巻末付録


【参照項目】➡五条袈裟


【執筆者:西城宗隆】