璽書相承
提供: 新纂浄土宗大辞典
じしょそうじょう/璽書相承
法然の教えを永年に亘って学んだ碩学衆に対して、浄土往生の秘法を相伝し、広く世に伝えること。また付法相承ともいわれる。浄土宗では聖光『授手印』の末尾に「法然上人 浄土宗の義を以て弁阿に伝う。今また弁阿相承の義ならびに私の勘文、『徹選択集』を以て、沙門然阿に譲り与え畢んぬ」(聖典五・二四一)とある文をもって、良忠が法然、聖光に次いで三祖として浄土往生の秘法璽書を相伝された初めての証拠としている。日本の仏教諸宗派はいずれも師弟間の付法相承を重視し、禅家にては釈尊と大迦葉との間の付法に拈華微笑が説かれ、また『観経』の末尾には釈尊が阿難に無量寿仏名を付属したことを記している。いずれも教法の秘義深旨の相伝をあかすものとされている。浄土宗では聖光の後、良忠、良暁、蓮勝、了実、聖冏と次第して付法され、それぞれの祖師は自著または『選択集』等をもって、学業を成満し化他に堪える門人として付法している。聖冏は『教相十八通』を聖聡に与えて付法している。聖聡の門下は多く、地方に教化の足を延ばしたために教団は大きく発展し、宗侶養成の機関が必要となり、聖冏が創設した談所・談義所が発展し、さらに徳川時代となって幕府の教示によって関東十八檀林となり、宗侶養成の機関となった。元和元年(一六一五)発布の『浄土宗法度』によると「浄土修学十五年に至らざる者には両脈伝授あるべからず。璽書の許可においては器量の仁たりと雖も二十年に満ぜざるものに堅く相伝せしむべからざる事」(浄全二〇・五七七上)とあって、二〇年の修学を終えたものに璽書の伝授を許している。これによって従来不明確であった宗戒両脈と璽書の相承分限が明確にされた。そして璽書受持者には阿号を授けた。大正二年(一九一三)九月制定の伝法条例によると伝法を宗脈、円頓戒、璽書とし、璽書とともに浄土宗義の秘奥が戒法であるとして徳川時代中期頃より相伝されてきた布薩戒が妄伝として廃止された。また昭和一三年(一九三八)に、璽書なる語が不穏当であるとして付法に、允可を許可に改称したが、戦後は元の語に戻っている。現今璽書は加行成満五年あるいは寺院住職にして教化にはげむ人に授け、これを受けるには宗務総長の許可を要すとされている。
【執筆者:坪井俊映】