慶滋保胤
提供: 新纂浄土宗大辞典
よししげのやすたね/慶滋保胤
—長保四年(一〇〇二)一〇月二一日。生年は承平三年(九三三)前後か。寛和二年(九八六)に出家して寂心と称した。平安時代中期を代表する文人。大学寮で紀伝道を学んだ。極官は従五位下大内記。陰陽家の賀茂忠行の次子であるが、弟の保章・保遠とともに慶滋に改姓した。著書に、『日本往生極楽記』や『池亭記』『西方極楽世界十六想観画讃』などがある。少年のころより浄土を希求し、康保元年(九六四)に初めて行われた勧学会の有力な結衆としても知られる。狂言綺語を止揚して讃仏乗の因に転ずるという白居易の思想に大きな影響を受けた。
【参考】平林盛得『慶滋保胤と浄土思想』(吉川弘文館、二〇〇一)
【参照項目】➡日本往生極楽記
【執筆者:吉原浩人】