ぐち/愚痴
愚かであること。単に痴とも。Ⓢmoha。仏教では、ものの理非を解さないことを意味し、最も基本的な煩悩である三毒(貪・瞋・痴)の一つとされる。『俱舎論』四に「痴とは、いわゆる愚痴なり。すなわちこれ無明、無智、無顕なり」(正蔵二九・一九下)とあるように、無明や無智と同義である。法然浄土教では「聖道門の修行は、智恵を極めて生死を離れ、浄土門の修行は、愚痴に帰りて、極楽に生まると知るべし」(『四十八巻伝』二一、聖典六・二八四)と説かれるように、浄土門帰入に際して念仏行者が自覚すべき自身の凡夫性という意味合いで用いられることが多い。
【参照項目】➡無知、無明
【執筆者:安孫子稔章】