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至誠心の四句

提供: 新纂浄土宗大辞典

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しじょうしんのしく/至誠心の四句

聖光が『授手印』において、三心を具える上での理想像について四つの例を用いて論じた「四句分別」の中、至誠心に関するもの。『授手印』には三つの四句分別があり、「①一向虚仮の心(外は実、内は虚の人なり、一向の誑惑度世の人なり。全くこの人は往生することを得べからざるなり。) 一向真実の心(内外ともに実なるの人なり、これは浄土宗行者なり、決定往生の人なり。) 虚実俱具の心(半ばは実、半ばは虚なるの人なり。もしは往生を得、もしは往生を得ず、この人不定の機なり。) 非虚非実の心(これは世の常の罪人なり。)②多虚少実(誑惑の心は多く、往生の心は少なし、決定して往生すべからず。) 多実少虚(往生の心は多く、誑惑の心は少なし、もしは往生すべし。) 多少俱実(一向至誠心念仏者なり、決定往生の人なり。) 多少俱虚(一向往生の心無きの人なり。)③始めは虚終りは実(往生人なり。) 始めは実終りは虚(往生を得ざるの人なり。) 始終ともに実(決定往生の人なり。) 始終ともに虚(決定して往生を得ざるの人なり。)」(聖典五・二二九)というもので、内外共に往生の心が多く、終始変わらない心を持つことが理想の念仏者像であるとしている。これに似た四句分別が二つ『西宗要』にも説示されており、「①一向真実行、一向真実心、心行真実、心行虚仮。②始めは真実行終りは虚仮行、始めは行虚仮終りは心真実、始終行心真実、始終行心虚仮」(浄全一〇・一五七上)の四句であり、これは心のほかに行についても同時に論じたものである。


【参考】阿川文正「『末代念仏授手印』解題」(聖典五)


【参照項目】➡深心の四句回向発願心の四句心行の四句


【執筆者:郡嶋昭示】