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智雲

提供: 新纂浄土宗大辞典

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ちうん/智雲

—永正一三年(一五一六)八月一四日。上蓮社僧誉。増上寺六世。相模国に三浦の氏族太郎衛門家久の庶子として生まれる。幼時より病身で戦を好まず、武蔵国岩槻(さいたま市岩槻区)の谷土田城主太田氏のもとに身を寄せた。延徳年間(一四八九—一四九二)の末、花又村実相寺(東京都足立区花畑)において増上寺五世了聞説法を聞き、発心して仏門に入り、以来常随して浄土の経釈を修学した。文亀二年(一五〇二)二月一二日増上寺六世として了聞より法灯を継承。長享元年(一四八七)に始まった関東管領上杉顕定と扇谷上杉定正・朝良との間に起こった長享の乱は永正元年(一五〇四)にようやく収まったが、世を厭った智雲は長松寺(東京都港区三田)を建てて隠栖し念仏生活を送り、同一三年八月一四日遷化した。智雲和歌をたしなみ、連歌師宗祇らとも親交があった。


【資料】『三縁山志』九(浄全一九)


【参考】『大本山増上寺史』(大本山増上寺、一九九九)


【執筆者:福田行慈】