大原談義聞書鈔
提供: 新纂浄土宗大辞典
おおはらだんぎききがきしょう／大原談義聞書鈔
一巻。撰者未詳（伝聖覚筆）。成立年次未詳。文治二年（一一八六）に行われた大原問答を聖覚が筆録したものとされる。三段からなり、聖道門に対し浄土門の優位が説かれる。まず法然により諸宗の行人の専修念仏に対する誤謬が嘆かれ、当今の凡夫は弥陀の名号を称すべきであり、その理由として勝易の二義が説かれる。次に法然が聖道諸師からの論難に答え、最後に大原問答開催の経緯、参列者、後日談等が述べられる。問者とその梗概は以下の通り。権門漸教である浄土宗が何故諸宗より勝れていると言えるのか（第一問、顕真。第二問、永弁。第三問、智海。第四問、静厳。第五問、明遍。第六問、貞慶）。浄土門は此土の入聖得果を許さないのに何故現世の証入が言えるのか（第七問、証真）。善導は浄土門において無相離念の義を許さないのに、どうして無塵法界の理を以て名号の実体とすると言うのか（第八問、顕真）。浄土宗は念仏往生の外に出離解脱の法は認めないのか（第九問、湛斅）。浄土門の行人は必ず生無生の道理を知り、名号の体用を心得て称念すべきか（第一〇問、重源）。罪悪の凡夫が仏願力により往生するのは他作自受の義に当たり因果の道理に適わないのではないか（第一一問、顕真）。罪悪妄念の凡夫でも専ら称念すれば往生できると説けば、皆悪業を恐れず好んで罪を造り、かえって悪趣に堕ちるのではないか（第一二問、永弁）。本書は大原問答の具体的内容と状況を伝えるものとして貴重であり、多くの注釈書が撰せられている。また室町期以降には本書の刊行が確認され、浄瑠璃（『念仏往生記』『大原問答』）にもその影響が窺え、広く流布していたものと考えられる。ただし『黒谷上人語灯録』や『西方指南抄』に本書は収録されておらず、偽撰、仮託の疑いもあり、そこに記される列席者、内容等がどれほど史実を伝えるものかは計り難い。なお知恩寺蔵永正元年（一五〇四）写本（昭法全底本）と大正大学蔵寛永五年（一六二八）版本（浄全底本）は構成上相違がみられ、注意が必要である。
【所収】昭法全、黒田真洞・望月信亨『法然上人全集』、村上美登志「京都大学図書館蔵釈聖覚撰〈大原問答鈔〉の影印と解題」（福田晃・広田哲通編『唱導文学研究』一、三弥井書店、一九九六）、浄全一四、正蔵八三
【参考】戸松啓真「三部経の註釈および大原談義に関する著作 解説」（『浄土宗典籍研究』山喜房仏書林、一九七五）、善裕昭「天台僧顕真と大原談義」（『佛教大学総合研究所紀要』一三、二〇〇六）
【執筆者：上杉智英】