「邪義」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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じゃぎ/邪義
誤った教義。正しくない見解。仏教では仏の所説に違背した内容を指し、各宗派においては宗祖伝承の教義に準じない内容をいう。法然は『一枚起請文』に「滅後の邪義をふせがんがために所存をしるし畢」とする。聖光は『徹選択集』において「我が身無行にして称名を唱えず、偏に信心を取ってこれを以て他力とすること、全くその本文無し。小智の輩、この邪義を立て自迷、迷他すること、尤も罪業の至りなり」(聖典三・三〇九/浄全七・一〇五下)とし、『念仏三心要集』では一念義・西山義・寂光浄土義の三義を邪義として挙げ、法然の示した念仏義ではないと批判する(浄全一〇・三九一上~下)。妙瑞は『鎮西名目問答奮迅鈔』で、幸西の一念義・行空の寂光浄土義・親鸞の一念義を邪義とし、証空の西山義を不正義とする(浄全一〇・四三二下~三下)。
【参考】石田瑞麿「一念義の周辺」(『仏教学研究』一八・一九、一九六一)
【執筆者:米澤実江子】