「日中無常偈」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
Seishimaru (トーク | 投稿記録) 細 (1版 をインポートしました) |
|
(相違点なし)
|
2018年3月30日 (金) 06:30時点における最新版
にっちゅうむじょうげ/日中無常偈
『往生礼讃』の無常偈の一つ。日中礼讃偈を終えるにあたり、この世のあらゆるものが無常であることを説く偈文。「人生不精進 喩若樹無根 採華置日中 能得幾時鮮 人命亦如是 無常須臾間 勧諸行道衆 勤修乃至真」(浄全四・三六〇下)。この偈文の典拠は『尸迦羅越六万礼経』の「賢者不精進 譬如樹無根…採華著日中 能有幾時鮮」(正蔵一・二五一下)であると考えられ、後四句は善導の趣意による。大意は、「この世において精進を怠れば、それはまるで根のない樹木のようなものである。花を摘んで日光の下に置いておけば、その鮮やかさはどれほど保つことができるだろうか。人の命もまた同じようであり、この世の無常はほんの一瞬のことである。仏道を行ずる者たちよ、精進を怠らず完全なる覚りの境地に至りなさい」である。日中礼讃偈の最後に維那が座したまま「諸衆等聴説日中無常偈」と唱え、長跪しながらこの無常偈を独唱し、接足作礼する。
【参照項目】➡日中礼讃偈
【執筆者:石上壽應】