「吉水智承」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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よしみずちしょう/吉水智承
明治三〇年(一八九七)一一月一一日—昭和五〇年(一九七五)五月一八日。不断光院明蓮社照誉観阿。宗門功労者。現在の愛知県田原市古田に大谷増吉の三男として生まれる。師僧は同県渥美組真如寺鈴木源承。智承と改名し得度。宗教大学卒業後、大正九年(一九二〇)川崎市一行寺住職。昭和一一年(一九三六)宗議会議員(四期)に当選、同二二年社会部長、同二七年庶務部長、同三〇年教学部長等を歴任、浄土宗の発展に深く尽力した。戦前戦後にわたり更生保護事業活動(保護司・川崎自立会)、教育(川崎市教育委員長二期)に携わり、調停委員、神奈川県仏教会副会長等宗門外の要職も歴任し多大な功績を残した。昭和二六年(一九五一)藍綬褒章、同四三年勲五等旭日双光章を受章。
【執筆者:吉水智栄】