「智瑛」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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2018年3月30日 (金) 06:29時点における最新版
ちえい/智瑛
—安永二年(一七七三)三月五日。智英とも書く。到蓮社典誉清阿。涼如海ともいう。増上寺四八世。生国は伊勢。氏姓は不詳。同国射和村(三重県松阪市)延命寺で得度、増上寺三島谷白随寮で修学。増上寺学頭、江戸崎大念寺二四世、飯沼弘経寺四八世、小石川伝通院三五世を経て、明和七年(一七七〇)一一月一五日、増上寺四八世に就任。幕府に奏願し、筑後善導寺住職を台命住職とし、京都嵯峨清凉寺住職を増上寺学席より任命することを定めた。
【資料】『三縁山志』(浄全一九)
【参考】『大本山増上寺史・本文編』(大本山増上寺、一九九九)
【執筆者:中野真理子】