良随
提供: 新纂浄土宗大辞典
りょうずい/良随
—寛永二年(一六二五)七月一九日。法蓮社善誉純応。『総系譜』『浄源脈譜』には音誉とある。清浄華院三七世。一条派の人。石見国磯竹村(島根県大田市五十猛町)に生まれる。同国銀山極楽寺良安(清浄華院三四世)のもとで出家し、のち飯沼弘経寺了学について修学した。城中問答のとき、了学の伴僧として出座し、徳川家康よりその学識を讃えられる。学なって帰国し極楽寺に住し、同国に大安寺を開創して兼務する。元和三年(一六一七)一〇月三日、勅請により良光のあとを受けて清浄華院に住持するが、翌年極楽寺に隠退した。
【資料】『清浄華院誌要』『飯沼弘経寺志』(共に浄全二〇)、『総系譜』『浄源脈譜』(共に浄全一九)
【執筆者:今井英之】