Ⓢkliṣṭamanasの玄奘による訳語。染汚意ぜんまいとも訳される。法相宗における第七識、第二能変に配される識。第八識である阿頼耶識あらやしきに依拠しつつ阿頼耶識を我と誤認しつづける働き(我執)をもつ。凡夫には常にこの我執があり、そのために無漏智を生じない。また前六識が失神時などの我執を生じるはずがない状態であっても、凡夫が凡夫のままであるのはこの末那識のためであり、特に俱生起くしょうきの我執という。末那識は我執を断ずると失われ、平等性智に転ずる。
【参照項目】➡阿頼耶識、意
【執筆者:小澤憲雄】