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往生之業念仏為先

提供: 新纂浄土宗大辞典

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おうじょうしごうねんぶついせん/往生之業念仏為先

廬山寺ろざんじ本『選択集』の劈頭へきとうに掲げられる一四文字の法然直筆のうち、「南無阿弥陀仏」の下に二行で記されている言葉。阿弥陀仏浄土往生する行業には、念仏が根本であり最要という意味。聖光は『徹選択集』上(聖典三・二六〇)においてこの一四文字を「結前生後」と捉え、『選択集』の念仏はいかなる念仏かということを明示し(結前)、これから論述するのはいかなる内容かということを表示する(生後)ために、書き置かれたとする。南無阿弥陀仏口称念仏行業が何をさしおいても第一にして根本で最要ということである。廬山寺本をはじめ浄土宗伝承の『選択集』では「念仏為先」となっているが、親鸞の授かった『選択集』広本には「念仏為本」とあるため真宗では「為本」としている。源信の『往生要集』では「往生之業念仏為本」とあるが、聖光が『徹選択集』において師法然の言葉として記録した記事(『諸人伝説の詞』)に「その後恵心の先徳の『往生要集』の文をひらくに往生之業念仏為本といい、又恵心妙行業記の文を見るに往生之業念仏為先といえり」(聖典四・四八五/昭法全四六〇)とあることに基づいて、浄土宗では「為先」とする。良忠は『決疑鈔』一で「為先と言うは前後を云うには非ず。往生之行の中に念仏最要なり、故に為先と云う」(浄全七・一九〇下)という。覚明房長西の『選択集名体決』(浄全八・四四八下)によると、「為本」と「為先」とは「言異り意同じ」といい、廬山慧遠の『念仏三昧詩集序』に「念仏為先」の用例があることが述べられている。この劈頭の一四文字は極めて主体的にして求道的な宗祖法然の教行実践が象徴されており『選択集』の眼目を語り出しているといえる。


【参考】藤本淨彦「『往生之業 念仏為先』について—法然上人の念仏観・私考」(『丸山博正教授古稀記念論集 浄土教の思想と歴史』山喜房仏書林、二〇〇五)


【参照項目】➡選択本願念仏集


【執筆者:藤本淨彦】