操作

「四十八願所巡り」の版間の差分

提供: 新纂浄土宗大辞典

 
(1版 をインポートしました)
 
(相違点なし)

2018年3月30日 (金) 06:26時点における最新版

しじゅうはちがんしょめぐり/四十八願所巡り

阿弥陀仏を巡拝対象とし、その本願数を札所数の根拠とする巡礼。慶長一八年(一六一三)洛西善峰の源光誓願寺本尊阿弥陀仏の霊告を蒙って四八ヶ所の阿弥陀仏を巡拝した「洛陽四十八願所」に始まるといい、札所は一願の綾小路大宮聖徳寺から四十八願寺町誓願寺である。元文五年(一七四〇)成立の「大坂四十八箇寺阿弥陀」は一番の天満法住寺から四八番の道頓堀法善寺および願成就供養寺の下寺町万福寺を巡る。同年、伊勢多気郡観音寺信阿は「善光寺四十八願所」として一番の嵯峨清凉寺から四八番の信濃善光寺および番外三ヶ所の七ヶ国にわたる札所を選定した。天保二年(一八三一)専阿乗誓は『弥陀霊像西方四十八願縁起』四巻を著し、一番の信濃善光寺から四八番の京都寺町誓願寺の一一ヶ国にわたる札所に詠歌額を懸け、自ら選定した「日本四十八願所」を「西方」、「洛陽四十八願所」を「仏撰」、「善光寺四十八願所」を「分身」と称し、三者合わせて「三品四十八願所」とも称した。宝暦四年(一七五四)には成立していた法界寺(千葉県香取市佐原)の阿弥陀講による近隣の「阿弥陀仏四十八ヶ所」の巡拝は現在も続いている。四十八願所の札所には番付に対応する本願名が付与され、その本願文の内容を詠んだ歌を札所詠歌としているところが多い。この他、四十八願所は信達(福島県)、三浦半島、三河、名古屋、伊勢などにもあった。


【資料】『京羽二重』(『新修京都叢書』二、臨川書店、一九七六)、『大坂四十八箇寺阿弥陀巡礼記』、坂井衡平『善光寺史』下(東京美術、一九六九)


【参考】『佐原市史』(佐原市役所、一九六六)、長谷川匡俊「専阿の『西方四十八願所』巡拝」(『近世浄土宗の信仰と教化』渓水社、一九八八)、山本博子「阿弥陀巡礼—とくに四十八願所について」(『髙橋弘次先生古稀記念論集 浄土学仏教学論叢』一、山喜房仏書林、二〇〇四)


【執筆者:山本博子】