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道世

提供: 新纂浄土宗大辞典

どうせ/道世

—唐・永淳二年(六八三)。あざなは玄惲。中国陝西省西安府の人。一二歳のとき青龍寺出家し、隋・大業一一年(六一五)道宣と共に弘福寺智首のもとで具足戒を受けた。広く学を修めたがとくに律にすぐれ、顕慶年間(六五六—六六一)高宗の命により慈恩寺で行道に加わる。『法苑珠林』一〇〇巻をはじめ著作も多い。法然は『観無量寿経釈』で第九・仏身観身量の大小を説くのに、「道世の釈に云く、敬って法身平等を尋ぬるに、是の優劣あること無し。但だ機に随って業異なる故に、化を現すこと不同なり。是を以て釈迦牟尼仏の出世の紫金色を、千比丘はことごとく赫容と見、十六の信士は論じて灰色と視、因業異なりと見る。仏は恒に一色なり。此れに類して言はば、謂く惑い無き者なり」(昭法全一〇三)という『法苑珠林』八の説を引いて、阿弥陀仏の身色を述べている。


【資料】『宋高僧伝』四(正蔵五〇)、『観無量寿経釈』(昭法全)、『法苑珠林』八(正蔵五三)


【参照項目】➡法苑珠林


【執筆者:金子寛哉】