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異端

提供: 新纂浄土宗大辞典

いたん/異端

宗教集団や社会において正統的と認められた立場から逸脱する教義や学説。異端を意味する英語のheterodoxyあるいはheresyという用語の語源は、ギリシア語のハイレシスであって、「選択」や「独自の選択をする者」を意味している。漢語の異端は儒者が他の思想、すなわち老・荘・楊・墨など諸子百家を称した語。仏教においてこれに類する語として異恵、異解、異流、異義、邪義異安心などがある。異端は正統あっての異端であって、それ自体で独立に成立する概念ではない。キリスト教において異端という用語は、党派心、教会の統一を破るもの、不信仰キリスト教であると偽称するが、伝統的なキリスト教の教えを踏みはずしている教義あるいは学説などを指すものとしてつかわれてきた。キリスト教初期には、キリストの肉体性を否定する仮現論やグノーシス主義、さらにキリストの神性と人性の関係をめぐるキリスト論論争によって、正統と異端が峻別され、キリスト両性論や三位一体論などの古典的正統教義が形成された。これらの教義の成立はローマ皇帝の主宰する教会会議で決定されており、正統と異端の峻別には政治的動機を否めない。それゆえキリスト教では、プロテスタントに対してカトリックが異端とされたり、その逆の場合も、強い政治性を持っている。イスラム教の場合には、正統を批判し分派するのが異端であった中世ヨーロッパのキリスト教社会とは違って、イスラム教最初期のハワーリジュ派やムータジラ学派のように、まず主張の強い分派が次々と生まれ、それに対抗することを通して正統的な立場が徐々に形成された。また正統と異端を決定する機関が存在しないため、各派が互いに論争を重ねるなかで、それぞれの相対的な位置が決まる。そのような位置は、時代の政治状況に影響され、リーダーたちの指導力も宗派のゆくえを左右する。日本仏教では、隠し念仏と呼ばれる秘密的組織で運営される念仏集団が一例としてあげられる。隠し念仏は、種々の秘密主義をもつ仏教異端宗派を意味する呼称。そのなかでも、浄土真宗系では呪術的な隠し念仏がよく知られており、秘事法門とともに、異安心と称されている。このように、正統にとって異端は脅威ではあるけれども、異端をつねに生んでゆく思想は創造的な体系をもつ思想だともいえる。


【参考】堀米庸三『正統と異端—ヨーロッパ精神の底流』(中公新書、一九六四)、菊地達也『イスラーム教〈異端〉と〈正統〉の思想史』(講談社選書メチエ、二〇〇九)、桜井徳太郎編『日本宗教の正統と異端—教団宗教と民俗宗教』(弘文堂、一九八八)


【参照項目】➡異安心異流邪義隠し念仏


【執筆者:挽地茂男】